「日本の教育文化史を学ぶ」山田恵吾 ミネルヴァ書房 2014年 ④ /「昭和史をどう生きたか」半藤一利 東京書籍 2014年 ⑩(最終)【再掲載 2015.9】
今日は8月6日、水曜日です。
今回は、7月29日に続いて山田恵吾さんの
「日本の教育文化史を学ぶ」の紹介 4回目です。
出版社の案内には、
「こんにち、教育に関する議論が盛んである。しかし、このことを歴史的
に考えてみると、実は同じようなことは昔から議論されていたことがわ
かる。とはいえ、課題は新たに生まれ続け、それに過去の経験を単純
に当てはめるだけでは、解決困難なことも確かである。では、歴史を
学ぶ意義とは何か。本書では、さまざまな時代背景から生まれてき
た教育文化を描き出す。それによって、現在議論されている問題につ
いて、かつての問題とどこが一緒で、どこが異なるのか重層的に理解
することが可能になるはずである。戦後教育史にも大胆に切り込んだ
教育文化史テキストの決定版、ついに刊行。」
とあります。
今回紹介分から強く印象に残った言葉は…
・「中世武士:7歳は学問始め 10代は人格の基礎を培う時期
~ 10代前半までは学問の基礎をつくるべく厳しく教育する時期」
・「近世 農工商に対しては「知足安分」足ることを知り分に安んずる」
もう一つ、再掲載になりますが、半藤一利さんの
「昭和史をどう生きたか」⑩を載せます。
政治指導者、行政リーダーの責任感に疑問をもちました。
☆「日本の教育文化史を学ぶ」山田恵吾 ミネルヴァ書房 2014年 ④

◇伝統社会における子ども(子ども観)と教育(2)
2 家における教育
(1)家訓に見る中世武士の教育
明治~ 「学校化社会」 - 家訓
① 中世武士家訓に見る武士像 弓馬の道
② 年齢段階に即した教育
ⅰ 乳母(めのと)の養育 教育
ⅱ 7歳は学問始め 10代は人格の基礎を培う時期
武士の子弟は寺院(学校 小学 学窓 村学と呼ばれた)
(3~7~13歳)
10代前半までは学問の基礎をつくるべく厳しく教育する時期
看経 手習 読書 諸芸の遊び 自由○課
6-9 10-12 13-15 16-18 21-23
③ 青少年期における友人の影響力
家訓に接すべき友人像
(2)近世江戸時代における家の教育
① 近世における身分制の確立と教育
安土城 織田信長の天下統一が近世の始まりとされる
「大諭衍義」
文武両道 - 藩校 私塾
農民-勤労 商人-寺子屋 職人
② 商人の在り方と丁稚奉公
農工商に対しては「知足安分」足ることを知り分に安んずる
丁稚 → 礼奉公(別家後も)
③ 女児の子守奉公
口減らしの子守奉公
(3)石門心学運動の展開 - 人生哲学の社会運動
石田梅岩(1685-1744)「都鄙問答」
手島堵庵
中沢道二
<以下略>
☆「昭和史をどう生きたか」半藤一利 東京書籍 2014年 ⑩(最終)【再掲載 2015.9】
[出版社の案内]
昭和史研究の第一人者で、圧倒的な支持を得る半藤一利が、吉村昭、
澤地久枝をはじめ、昭和を生き抜き、作品のテーマとしてきた日本
を代表する作家・研究者と徹底的に議論した『昭和史の真実』。
特攻作戦に最後まで反対し、隊から一人も特攻者を出さなかった指
揮官に戦後会いに行く話など、これまでまったく語られることのな
かった衝撃の事実の数々

◇幕末から昭和へ 熱狂の時代に 宮部みゆき S35東京都生
幕末のミステリーを歩く
都立隅田川高校出身の2人 府立七中
龍馬
~ 人物の魅力はすごくあったけれど独自の発想は何もない
陽性の人で人好きがした
勝海舟と大久保一翁に添え状を出させてしまう魅力
それを持って会いに行く行動力
そして会ってしまえば何とかなっちゃう
5年間を走り抜けた
斬ったのは見廻り組の佐々木只三郎・今井信郎
→ 居場所を流したのは薩摩?
大久保利通・西郷隆盛?- 斬られたとき大げさに憤る
志士たちの明治 勝海舟
2・26事件とわたし
2・26事件で統制派が勝ち組となって、敗れた皇統派の有
能な人たちがみんな追い払われたのが戦争で道を誤った原因か?
2・26事件は陸軍内部の権力争い、戦略観の抗争
陸軍はこの後事件を脅しに使った
「わたしたちはいいんですよ。ただ若い者が黙ってはいま
せんよ。何をするかわからんですな。」
※ 陸軍が何をするか分からない恐怖
終戦時
鈴木貫太郎首相 「かまわん 命を賭ける」
熱狂の時代に生きる
◇清張さんと昭和史 佐野洋 S3東京都生
推理小説作家・松本清張の誕生
飛行機のトリック
GHQと官僚への執着
公憤
- 責任はノンキャリアに押しつけてキャリア組が好き放題
戦前の日本
「天皇の軍隊」 → ×
「天皇の官僚」 → 自分の省のための官僚
「砂の器」の衝撃 ハンセン病
邪馬台国と戦後日本
森本六爾
→ 「断碑」
直良信夫
→ 「石の骨」
◎ 歴史学に必要なのは
→ <推理能力 + 批判精神>
◇戦後60年が問いかけるもの 辻井喬 S2東京都生 堤清二
マッカーサーへの感謝状
戦後60年が問いかけるもの
今回は、7月29日に続いて山田恵吾さんの
「日本の教育文化史を学ぶ」の紹介 4回目です。
出版社の案内には、
「こんにち、教育に関する議論が盛んである。しかし、このことを歴史的
に考えてみると、実は同じようなことは昔から議論されていたことがわ
かる。とはいえ、課題は新たに生まれ続け、それに過去の経験を単純
に当てはめるだけでは、解決困難なことも確かである。では、歴史を
学ぶ意義とは何か。本書では、さまざまな時代背景から生まれてき
た教育文化を描き出す。それによって、現在議論されている問題につ
いて、かつての問題とどこが一緒で、どこが異なるのか重層的に理解
することが可能になるはずである。戦後教育史にも大胆に切り込んだ
教育文化史テキストの決定版、ついに刊行。」
とあります。
今回紹介分から強く印象に残った言葉は…
・「中世武士:7歳は学問始め 10代は人格の基礎を培う時期
~ 10代前半までは学問の基礎をつくるべく厳しく教育する時期」
・「近世 農工商に対しては「知足安分」足ることを知り分に安んずる」
もう一つ、再掲載になりますが、半藤一利さんの
「昭和史をどう生きたか」⑩を載せます。
政治指導者、行政リーダーの責任感に疑問をもちました。
☆「日本の教育文化史を学ぶ」山田恵吾 ミネルヴァ書房 2014年 ④
◇伝統社会における子ども(子ども観)と教育(2)
2 家における教育
(1)家訓に見る中世武士の教育
明治~ 「学校化社会」 - 家訓
① 中世武士家訓に見る武士像 弓馬の道
② 年齢段階に即した教育
ⅰ 乳母(めのと)の養育 教育
ⅱ 7歳は学問始め 10代は人格の基礎を培う時期
武士の子弟は寺院(学校 小学 学窓 村学と呼ばれた)
(3~7~13歳)
10代前半までは学問の基礎をつくるべく厳しく教育する時期
看経 手習 読書 諸芸の遊び 自由○課
6-9 10-12 13-15 16-18 21-23
③ 青少年期における友人の影響力
家訓に接すべき友人像
(2)近世江戸時代における家の教育
① 近世における身分制の確立と教育
安土城 織田信長の天下統一が近世の始まりとされる
「大諭衍義」
文武両道 - 藩校 私塾
農民-勤労 商人-寺子屋 職人
② 商人の在り方と丁稚奉公
農工商に対しては「知足安分」足ることを知り分に安んずる
丁稚 → 礼奉公(別家後も)
③ 女児の子守奉公
口減らしの子守奉公
(3)石門心学運動の展開 - 人生哲学の社会運動
石田梅岩(1685-1744)「都鄙問答」
手島堵庵
中沢道二
<以下略>
☆「昭和史をどう生きたか」半藤一利 東京書籍 2014年 ⑩(最終)【再掲載 2015.9】
[出版社の案内]
昭和史研究の第一人者で、圧倒的な支持を得る半藤一利が、吉村昭、
澤地久枝をはじめ、昭和を生き抜き、作品のテーマとしてきた日本
を代表する作家・研究者と徹底的に議論した『昭和史の真実』。
特攻作戦に最後まで反対し、隊から一人も特攻者を出さなかった指
揮官に戦後会いに行く話など、これまでまったく語られることのな
かった衝撃の事実の数々
◇幕末から昭和へ 熱狂の時代に 宮部みゆき S35東京都生
幕末のミステリーを歩く
都立隅田川高校出身の2人 府立七中
龍馬
~ 人物の魅力はすごくあったけれど独自の発想は何もない
陽性の人で人好きがした
勝海舟と大久保一翁に添え状を出させてしまう魅力
それを持って会いに行く行動力
そして会ってしまえば何とかなっちゃう
5年間を走り抜けた
斬ったのは見廻り組の佐々木只三郎・今井信郎
→ 居場所を流したのは薩摩?
大久保利通・西郷隆盛?- 斬られたとき大げさに憤る
志士たちの明治 勝海舟
2・26事件とわたし
2・26事件で統制派が勝ち組となって、敗れた皇統派の有
能な人たちがみんな追い払われたのが戦争で道を誤った原因か?
2・26事件は陸軍内部の権力争い、戦略観の抗争
陸軍はこの後事件を脅しに使った
「わたしたちはいいんですよ。ただ若い者が黙ってはいま
せんよ。何をするかわからんですな。」
※ 陸軍が何をするか分からない恐怖
終戦時
鈴木貫太郎首相 「かまわん 命を賭ける」
熱狂の時代に生きる
◇清張さんと昭和史 佐野洋 S3東京都生
推理小説作家・松本清張の誕生
飛行機のトリック
GHQと官僚への執着
公憤
- 責任はノンキャリアに押しつけてキャリア組が好き放題
戦前の日本
「天皇の軍隊」 → ×
「天皇の官僚」 → 自分の省のための官僚
「砂の器」の衝撃 ハンセン病
邪馬台国と戦後日本
森本六爾
→ 「断碑」
直良信夫
→ 「石の骨」
◎ 歴史学に必要なのは
→ <推理能力 + 批判精神>
◇戦後60年が問いかけるもの 辻井喬 S2東京都生 堤清二
マッカーサーへの感謝状
戦後60年が問いかけるもの
この記事へのコメント
良くまとまっていて、定説に近い事が書いて有ると私
にも、理解できる。
ついに横須賀も猛暑日を記録したようです 😂
「昭和史をどう生きたか」興味深い内容ばかりです。
時代々々で変化した日本文化に伴って教育も変化したんでしょうね。
とくに第二次世界大戦後の米国の影響も大きかったんではないでしょうか。
横須賀もですか。どこも暑いですね。
半藤さんはずっと戦争の恐ろしさを訴えられていました。
忘れないようにしないといけないと思っています。
中近世で大事にされた「家」、昭和、平成、令和と薄まっていますね。