「戦争というもの」半藤一利 PHP 2021年 ⑦ /「児童生徒に聞かせたいさわやか1分話」柴山一郎 学陽書房 1993年 ⑬【再掲載 2017.6】
今日は9月20日、土曜日です。
今回は、9月17日に続いて半藤一利さんの
「戦争というもの」の紹介 7回目です。
出版社の案内には、
「昭和史研究の第一人者・半藤一利が、最後に日本人に伝え残したかっ
たこととは―。太平洋戦争を理解する上で欠かせない『名言』の意味
とその背景を、著者ならではの平易な文体で解説し、『戦争とはどの
ようなものか』を浮き彫りにした珠玉の一冊。」
「【『戦争というもの』(編集担当 PHP研究所・北村淳子氏)】
皆様、はじめまして。『戦争というもの』の編集を担当しましたPHP
研究所の北村です。私は、本書の著者である半藤一利の孫に当たりま
す。昭和史や太平洋戦争にまつわる多くの著書を執筆してきた祖父は、
今年1月に逝去いたしました。
本書は、祖父が亡くなる二か月前まで雑誌『歴史街道』で連載されて
いた原稿をまとめたものです。『欲しがりません勝つまでは』など、
太平洋戦争下で実際に発せられた『言葉』を軸に、戦争の本質に迫っ
ていきます。半藤一利の最後の声が多くの方に届くことを、孫として、
編集担当として願っています。」
とあります。
今回紹介分から強く印象に残った言葉は…
・「沖縄は本土の盾にされ、県民は軍の盾にされて非情の死を遂げなけ
ればなかった。県民の1/4 約15万人が死亡した」
・「戦争末期にいかに流言飛語が日本人の行動に大きな影響を与えたか」
もう一つ、再掲載になりますが、柴山一郎さんの
「児童生徒に聞かせたいさわやか1分話」⑬を載せます。
小泉信三さんの言葉、親からかけられたとしたら、どんなにうれしいか…
それだけに戦争の辛さを感じます。
☆「戦争というもの」半藤一利 PHP 2021年 ⑦

◇沖縄県民斯く戦へり 大田実
昭和20(1945)年6月6日
大田実司令官の海軍次官当ての電文
沖縄戦における県民の忍耐、我慢の限界下での軍への協力
と困難をものともせず防衛のため働いた
◎「沖縄県民斯くへえり県民に対して、後世、特別のご高配を賜らん
こととを」
※ 沖縄は本土の盾にされ、県民は軍の盾にされて非情の死を遂げな
ければなかった
~ 県民の1/4 約15万人が死亡した
2020年度 迢空(ちょうくう=折口信夫)賞受賞 三枝昂之
「沖縄戦斯ク戦ヘリ」「ソ」は完了にあらず
県民はいまも戦う
◇しかし一捕虜にはなるな 西平英夫
昭和20(1945)年6月18日
沖縄ひめゆり学徒隊隊長西平英夫に電報命令(陸軍野戦病院)
「学徒動員は本日をもって解散を命ずる。自今行動は自由たる
べし」
ひめゆり部隊
沖縄第一高等女学校 沖縄師範学校女子部
それまでに死者19名ほか負傷者多数
なお約180名の隊員が残っていた
看護婦として野戦病院で身を捧げて働いていた
「~今となっては我々に残されている道は国頭(くにかみ)突破し
かない…ひとりでも多く生き残らなければならない」
↑↓ 大きな矛盾
「しかし-捕虜にはなるな」(フェイクニュースに)
◎ 戦争末期にいかに流言飛語が日本人の行動に大きな影響を与えた
か!
→ 戦死百余名 生き残った者60余名
= 沖縄の戦いの県民の悲惨さとはこのようなもの
☆「児童生徒に聞かせたいさわやか1分話」柴山一郎 学陽書房 1993年 ⑬【再掲載 2017.6】
[出版社の案内]
学活、「道徳」、朝会、学年集会、父母会、地域の集会、職場の
話材・例話に最適120話。『教育新聞』の「ちょっといい話」
欄に連載したものをまとめた。

◇上杉鷹山
1751~1822 米沢藩主
「為せば為る,為さねば為らぬ何事も,ならぬは人の為さぬなりけ
り。」
◇二宮尊徳
1787~1856
大事を為さんと欲せば,小さな事を怠らず勤むべし。
◇キリスト
心の貧しい人たちは幸いである。天国は彼等のものである。
◇ホイットマン
1819~1892 アメリカ・詩人
幸福を外に求めるのをやめよう。
◇ドストエフスキー
1821~1881
人間は自分が幸福だということを知らないから不幸なのである。
◇ロマン・ロラン
1866~1944 フランス・作家
いつまでも続く不幸というものはない。
人間万事塞翁が馬
= 人生は幸福と不幸が次々とやってくる。
◇小林多喜二
1908~1933
闇があるから光がある。
◇ゲーテ
天には星があり,地には花あり,人には愛なかるべからず。
カント
「この世で一番崇高なものは天上に輝く星と道徳律」
◇小泉信三
1888~1966
「僕はもし生まれ変わって妻を選べと言われたら、幾度でも君のお母様
を選ぶ。同様に、もしも我が子を選ぶということができるものなら、
吾々二人は必ず君を選ぶ。人の子として両親にこう言わせる以上の孝
行はない。吾々夫婦は今日までの24年間の間に、凡そ人の親として
うけ得る限りの幸福は既にうけた。親に対し、妹に対し、なお仕残し
た事があると思ってはならぬ。」
(昭和17年南方海上で死んだ長男を偲んで書かれた『海軍大尉 小泉信吉』)
◇アリストテレス
前384~322
友情は愛されるよりは愛することに存す。
- 真の友情は無際限に与えること自体が喜び
今回は、9月17日に続いて半藤一利さんの
「戦争というもの」の紹介 7回目です。
出版社の案内には、
「昭和史研究の第一人者・半藤一利が、最後に日本人に伝え残したかっ
たこととは―。太平洋戦争を理解する上で欠かせない『名言』の意味
とその背景を、著者ならではの平易な文体で解説し、『戦争とはどの
ようなものか』を浮き彫りにした珠玉の一冊。」
「【『戦争というもの』(編集担当 PHP研究所・北村淳子氏)】
皆様、はじめまして。『戦争というもの』の編集を担当しましたPHP
研究所の北村です。私は、本書の著者である半藤一利の孫に当たりま
す。昭和史や太平洋戦争にまつわる多くの著書を執筆してきた祖父は、
今年1月に逝去いたしました。
本書は、祖父が亡くなる二か月前まで雑誌『歴史街道』で連載されて
いた原稿をまとめたものです。『欲しがりません勝つまでは』など、
太平洋戦争下で実際に発せられた『言葉』を軸に、戦争の本質に迫っ
ていきます。半藤一利の最後の声が多くの方に届くことを、孫として、
編集担当として願っています。」
とあります。
今回紹介分から強く印象に残った言葉は…
・「沖縄は本土の盾にされ、県民は軍の盾にされて非情の死を遂げなけ
ればなかった。県民の1/4 約15万人が死亡した」
・「戦争末期にいかに流言飛語が日本人の行動に大きな影響を与えたか」
もう一つ、再掲載になりますが、柴山一郎さんの
「児童生徒に聞かせたいさわやか1分話」⑬を載せます。
小泉信三さんの言葉、親からかけられたとしたら、どんなにうれしいか…
それだけに戦争の辛さを感じます。
☆「戦争というもの」半藤一利 PHP 2021年 ⑦
◇沖縄県民斯く戦へり 大田実
昭和20(1945)年6月6日
大田実司令官の海軍次官当ての電文
沖縄戦における県民の忍耐、我慢の限界下での軍への協力
と困難をものともせず防衛のため働いた
◎「沖縄県民斯くへえり県民に対して、後世、特別のご高配を賜らん
こととを」
※ 沖縄は本土の盾にされ、県民は軍の盾にされて非情の死を遂げな
ければなかった
~ 県民の1/4 約15万人が死亡した
2020年度 迢空(ちょうくう=折口信夫)賞受賞 三枝昂之
「沖縄戦斯ク戦ヘリ」「ソ」は完了にあらず
県民はいまも戦う
◇しかし一捕虜にはなるな 西平英夫
昭和20(1945)年6月18日
沖縄ひめゆり学徒隊隊長西平英夫に電報命令(陸軍野戦病院)
「学徒動員は本日をもって解散を命ずる。自今行動は自由たる
べし」
ひめゆり部隊
沖縄第一高等女学校 沖縄師範学校女子部
それまでに死者19名ほか負傷者多数
なお約180名の隊員が残っていた
看護婦として野戦病院で身を捧げて働いていた
「~今となっては我々に残されている道は国頭(くにかみ)突破し
かない…ひとりでも多く生き残らなければならない」
↑↓ 大きな矛盾
「しかし-捕虜にはなるな」(フェイクニュースに)
◎ 戦争末期にいかに流言飛語が日本人の行動に大きな影響を与えた
か!
→ 戦死百余名 生き残った者60余名
= 沖縄の戦いの県民の悲惨さとはこのようなもの
☆「児童生徒に聞かせたいさわやか1分話」柴山一郎 学陽書房 1993年 ⑬【再掲載 2017.6】
[出版社の案内]
学活、「道徳」、朝会、学年集会、父母会、地域の集会、職場の
話材・例話に最適120話。『教育新聞』の「ちょっといい話」
欄に連載したものをまとめた。
◇上杉鷹山
1751~1822 米沢藩主
「為せば為る,為さねば為らぬ何事も,ならぬは人の為さぬなりけ
り。」
◇二宮尊徳
1787~1856
大事を為さんと欲せば,小さな事を怠らず勤むべし。
◇キリスト
心の貧しい人たちは幸いである。天国は彼等のものである。
◇ホイットマン
1819~1892 アメリカ・詩人
幸福を外に求めるのをやめよう。
◇ドストエフスキー
1821~1881
人間は自分が幸福だということを知らないから不幸なのである。
◇ロマン・ロラン
1866~1944 フランス・作家
いつまでも続く不幸というものはない。
人間万事塞翁が馬
= 人生は幸福と不幸が次々とやってくる。
◇小林多喜二
1908~1933
闇があるから光がある。
◇ゲーテ
天には星があり,地には花あり,人には愛なかるべからず。
カント
「この世で一番崇高なものは天上に輝く星と道徳律」
◇小泉信三
1888~1966
「僕はもし生まれ変わって妻を選べと言われたら、幾度でも君のお母様
を選ぶ。同様に、もしも我が子を選ぶということができるものなら、
吾々二人は必ず君を選ぶ。人の子として両親にこう言わせる以上の孝
行はない。吾々夫婦は今日までの24年間の間に、凡そ人の親として
うけ得る限りの幸福は既にうけた。親に対し、妹に対し、なお仕残し
た事があると思ってはならぬ。」
(昭和17年南方海上で死んだ長男を偲んで書かれた『海軍大尉 小泉信吉』)
◇アリストテレス
前384~322
友情は愛されるよりは愛することに存す。
- 真の友情は無際限に与えること自体が喜び
この記事へのコメント
nice!です。
まとめが、判り易いですねぇ!
というのも母の兄が沖縄で戦死しており、
平和祈念公園で兄の名前の刻印を見ておきたいというのが理由です。
公演では名前を入力すると石碑の位置がわかるシステムですぐ見つかりました。
戦争でこれほど多くの方が沖縄で亡くなったのかと愕然としました。
気温は下がってはいますがムシムシが暑さを
呼んでいます❗
まさに、メディアが作っていた情報操作なのですよね。
本当にそうですね。誰か個人の利益のための戦いというような感じがしてしまいます。
平和の礎には亡くなられた多くの方の名前が刻まれていると聞きますが、驚くほど多くの方が亡くなられているのですね。
子供の頃、近所のおじさんからよく戦争のことを聞きましたが、あまり聞かないようになってしまいました。戦が始まってよいことはまったくないと思います。
昨夜は久しぶりにエアコンを使わずに眠ることができました。
デマには気をつけなくてはなりませんね。
半藤一利さんの作品、読んでみます。
NICEです
近い方が戦争に行かれたのですね。
流言飛語は今の世にも飛び交っ球磨にされているのが残念です。
半藤さんの本をよく読み、いろいろ知ることができました。