「教科書名短編 人間の情景」中央公論新社編 中公文庫 2016年 /「色川大吉対談集 あの人ともういちど」色川大吉 日本経済評論社 2016年 ④(最終)【再掲載 2018.3】

今日は12月4日、金曜日です。



今回は、中公文庫の
「教科書名短編 人間の情景」を紹介します。


教科書に載せられているのですから、子どもに読んでほしい本ということ
だととらえます。



出版社の案内には、


「司馬遼太郎、山本周五郎から遠藤周作、吉村昭まで。人間の生き様を
 描いた歴史・時代小説を中心に中学教科書から厳選。感涙の12篇。
 文庫オリジナル。」


とあります。


紹介しますと書きましたが、ただ題材名を挙げただけになりました。





もう一つ再掲載になりますが
「色川大吉対談集 あの人ともういちど」④を載せます。
若い方にぜひ読んでもらいたい本です。




☆「教科書名短編人間の情景」中央公論新社編 中公文庫 2016年

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 「無名の人」(所郁太郎)   司馬遼太郎  



 「ある情熱」        司馬遼太郎



 「最後の一句」       森鴎外



 「高瀬舟」         森鴎外



 「鼓くらべ」        山本周五郎



 「内蔵免留守」       山本周五郎



 「形」           菊池寛



 「信念」          武田泰淳



 「ヴェロニカ」       遠藤周作



 「前野良沢」        吉村昭



 「赤帯の話」        梅崎春生



 「凧になったお母さん」   野坂昭如

  ※「戦争童話集~忘れてはイケナイ物語」野坂昭如・黒田征太郎










☆「色川大吉対談集 あの人ともういちど」色川大吉 日本経済評論社 2016年 ④(最終)【再掲載 2018.3】

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◇海と空のあいだに 石牟礼道子

石牟礼道子 
  1929~ 熊本県天草郡河浦町生
      代用教員 - 主婦
  1958~ 谷川雁「サークル村」に参加 
      文学活動
1969 「苦海浄土 わが水俣病」



石牟礼さんのういういしさ
避病院 細川ノート
上野英信
   → 本に   渡辺京二の力を借りる 
  「海と空の間に」 - 売れない → 「苦海浄土」に
  高群逸枝 世田谷・森の家
        「熊本に行くのは大変だった」
 ※日本の資本主義にとって、財界とか経済界にとって厄介者
    (払ってもしがみついてくる厄介者を抱えているという感覚かも
     しれない)   

 ◎「まちっと麦飯に水銀掛けてすすり込んではよ死ね死ね」という言
  葉を聞いたことがある
   同じ市民が「奇病、奇病」
    → 「水俣もんの恥じゃ」
     「おれたちの飯茶碗をたたき落とすようなやつらだ」

 ◎「蜘蛛の糸に似ている」

 ◎ 公害の問題とか水俣病の問題というのは、解決がついたどころか、
  ますますおそろしいことになるような感じがしますね 

「人間の中にあり得る深層心理みたいなものが全部さらけ出されてく
  るみたい」 (石牟礼)
「図説昭和歴史」月報 1980年8月





◇水俣病の現在と不知火海の心  土本典昭

土本典昭 
  1928-2008 岐阜県土岐市生 
        早大在学中 山村工作問題で除籍
1956   岩波映画に入社 
  1971  「水俣・患者さんとその世界」



不知火調査団の水先案内人
  水俣関係16本の映画  
  アフガニスタンの記録映画



徒手空拳の巡回映画活動
  名作「不知火海」1975年青林舎作品
    「医学としての水俣病 三部作」



「海辺の映画会」の反響



漁民の苦しい立場
情報不足の対岸地域に伝達して歩く
魚が売れない苦しみ
   - ニュースが出ると



漁業と水俣病の痛烈な矛盾
政治病みたいなところがある
   - 情報が閉ざされている病気



潮流と水銀汚染の広がり
同心円型ではなかった
行政調査のいびつさ



夏でもどてらを着てこたつに入り



一族全員がおかしいのに
   水俣近くの高汚染の海域で捕った魚を怪しみもせず長年食べ続け
  たところに水俣病によく似た症状
  ◎内縛の力
    - 行政側は手を触れずに済んでしまう

    ↓ チッソ側にすれば被害を突き出されないで済む     
   ▼最終の土壇場まで行かないと本当のことは話さない



不幸を打ち消す心理-部落共同体の精神構造
残酷な貧苦の共同性からくる精神構造
  水俣 - 川本輝夫さん  
最初の人が一番やられる
  鹿児島 「一軒はなれ」 村八分



水俣病は社会の病理そのもの
 ◎ 自分たちで海をごみ捨て場にしている時代になってきた