「人はどう死ぬのか」久坂部 羊 講談社現代新書 2022年 ③ /「宮本常一が見た日本」佐野眞一 NHK出版 ⑥ 2001年 【再掲載 2013.6】
今日は12月14日、日曜日です。
今回は、12月11日に続いて久坂部 羊さんの
「人はどう死ぬのか」の紹介 3回目です。
出版社の案内には、
「誰にも訪れる『死』。しかし、実際にどのようにして死んでいくのか
を知っている人は少ない。人がどのような末期を知らないと、虐待に
等しい終末期医療に苦しみ、悲惨な死を迎えることになりかねない。
肉親が迎えたとき、そして自ら死を覚悟したとき、どのような死に方
を選べばいいのか。在宅診療医として数々の死を看取った、作家の、
久坂部羊氏が、人がどのような死を迎えるのかをリアルに描き、安ら
かな死を迎えるために、私たちが知っておくべきことを解説する。そ
の日に備えて、読んでおきたい『死の教科書』」
とあります。
今回紹介分より強く印象に残った言葉は‥
・「死ねばおしなべて無表情になる。恐れているのは死を意識している
今の自分だけ。死は目が覚めない眠り」
・「死に目を重視することの弊害がある」
・「突然死の場合、死後の準備ができない。老衰死はそれまでが大変」
・「がんで死ぬことの効用は準備ができること。無理に治ろうとしない
ことも大切」
もう一つ再掲載になりますが、佐野眞一さんの
「宮本常一が見た日本」⑥を載せます。
わたしが子どもの頃のテレビ番組『あるくみるきく』のナレーションが
好きです。
- 自然は寂しい。しかし人間の手を加えるとあたたかくなる。そのあ
たたかなものを求めて歩いてみよう
☆「人はどう死ぬのか」久坂部 羊 講談社現代新書 2022年 ③

◇死の恐怖とは何か
人はどんなことにも慣れる
死ねないことの恐怖
死なないことのリアル恐怖
それでも怖いものは怖い
死を受け入れることが上手な最期を迎えるコツ
死の恐怖は幻影
死ねばおしなべて無表情になる
恐れているのは死を意識している今の自分だけ
~ 死は目が覚めない眠り
◇死に目に会うことの意味
死に目に合わせるための非道
非道な蘇生措置の理由
「先生遅かった」という叫び
エンゼルケアという欺瞞
ご遺体の腹を押して残った便を掻き出す
静かに死を受け入れた方が安らか
死に目に合わせたかったことが
少年 母一人子一人の母
死に目より大事なもの
それ以前に大事なことは
死に目を重視することの弊害
◇不愉快な事実は伝えないメディア
都合の悪いことは伝えない
人生百年時代の意味
「百歳まで生きられる」でなく「百歳まで死ねない」ことだろう
「ピンピンコロリ」を実践するには
若いときから健康増進に努めた人はなかなか死なず
ピンピンタラタラ、ヨロヨロヘトヘトになってしまう
達人の最期
作家富士正晴氏の場合
人気の死因一位はがん
突然死
~ 死後の準備ができない
老衰死
~それまでが大変
がんで死ぬことの効用
準備ができる
- 無理に治ろうとしないことも大切
がんとの共存
わたしの希望する死因
できるだけ希望をもたない
思い通りにならない
☆「宮本常一が見た日本」佐野眞一 NHK出版 ⑥ 2001年 【再掲載 2013.6】

<孤島のダイナミズム>
◇負債返済
島が共同負債のカタに取られ一時人手に渡った
「見島村落共同負債沿革小史」
萩に住む大岡に2万円余りで売り渡し10年賦で買い戻す計画
→ 津和野の堀(鉱山王)に3万5千円の借金
大岡へ返済
→ 堀への借金が雪だるま式に膨れあがる
明治32(1899)年
県の書記官 厚東毅一が救う
◎ 倹約を一人一人に力説し禁止項目を定めた
明治45(1912)年3月
島民の懸命な倹約生活により完済
27年間 総額12万7千円 (現在の52億円)
→ 借金返済記念歌 『協同一致の歌』
あくまで個人の負債が島民全体の共同負債になった
◇光と影
堀籐十郎
太っ腹の人物 = 見島島民の借金を快諾
<地域芸能への思い>
◇『あるくみるきく』
-「自然は寂しい。しかし人間の手を加えるとあたたかくなる。その
あたたかなものを求めて歩いてみよう」
昭和40(1965)年
日本教育テレビ『日本の詩情』日本観光文化研究所
「観光開発」 + 「地域振興」
昭和42(1967)年3月~昭和63(1988)年11月
『あるくみるきく』
今でも企画の宝庫
民族映像研究所・姫田忠義
◇猿回しの記録-村崎義正氏
山口県玖珂郡周東町『猿舞座』
村崎義正氏と弟の修二氏
「一緒に遊びましょ」式調教
昭和52(1977)年
宮本を知り、猿回し復活に半生をかけた
きっかけは昭和45(1970)年暮れの小沢昭一氏
猿の仕込み方に二つ
① たたき込み仕込み(スパルタ)
② 本仕込み(愛情)
日本民俗学が目をつぶってきたもの
①部落史 ②芸能史 ③女性史
→ 地域に人間を作ることが一番大切
復活のプログラム
姫田忠義『周防大島猿回しの記録』
昭和55年3月『周防猿回し緊急調査報告書』
毛利氏2カ国に封じられた
→ 農民に73%の重税
→ 慰撫等の一つとしての「差別制度」
周防一画に雑戸の集落が意図的に作られた
善根宿
- いろいろな人が泊まる
「上からの差別もあれば下空の差別もある」
明治解放令後も差別強化・国定化は門閥による
宮本の最晩年のテーマ「部落史」
-「半芸半学で行け」
村崎修二氏
「猿は美しいし、かわいいし、おかしいし、少し怖い。大切な
のはこの少し怖いということなんです。」
◇日本の芸能
① 猿
② 獅子
③ 木偶
「人間は伝承の森だ」
・ 学問は木だが人間は森だ。
・ 人間に向かって歩け、伝承者になれ
今回は、12月11日に続いて久坂部 羊さんの
「人はどう死ぬのか」の紹介 3回目です。
出版社の案内には、
「誰にも訪れる『死』。しかし、実際にどのようにして死んでいくのか
を知っている人は少ない。人がどのような末期を知らないと、虐待に
等しい終末期医療に苦しみ、悲惨な死を迎えることになりかねない。
肉親が迎えたとき、そして自ら死を覚悟したとき、どのような死に方
を選べばいいのか。在宅診療医として数々の死を看取った、作家の、
久坂部羊氏が、人がどのような死を迎えるのかをリアルに描き、安ら
かな死を迎えるために、私たちが知っておくべきことを解説する。そ
の日に備えて、読んでおきたい『死の教科書』」
とあります。
今回紹介分より強く印象に残った言葉は‥
・「死ねばおしなべて無表情になる。恐れているのは死を意識している
今の自分だけ。死は目が覚めない眠り」
・「死に目を重視することの弊害がある」
・「突然死の場合、死後の準備ができない。老衰死はそれまでが大変」
・「がんで死ぬことの効用は準備ができること。無理に治ろうとしない
ことも大切」
もう一つ再掲載になりますが、佐野眞一さんの
「宮本常一が見た日本」⑥を載せます。
わたしが子どもの頃のテレビ番組『あるくみるきく』のナレーションが
好きです。
- 自然は寂しい。しかし人間の手を加えるとあたたかくなる。そのあ
たたかなものを求めて歩いてみよう
☆「人はどう死ぬのか」久坂部 羊 講談社現代新書 2022年 ③
◇死の恐怖とは何か
人はどんなことにも慣れる
死ねないことの恐怖
死なないことのリアル恐怖
それでも怖いものは怖い
死を受け入れることが上手な最期を迎えるコツ
死の恐怖は幻影
死ねばおしなべて無表情になる
恐れているのは死を意識している今の自分だけ
~ 死は目が覚めない眠り
◇死に目に会うことの意味
死に目に合わせるための非道
非道な蘇生措置の理由
「先生遅かった」という叫び
エンゼルケアという欺瞞
ご遺体の腹を押して残った便を掻き出す
静かに死を受け入れた方が安らか
死に目に合わせたかったことが
少年 母一人子一人の母
死に目より大事なもの
それ以前に大事なことは
死に目を重視することの弊害
◇不愉快な事実は伝えないメディア
都合の悪いことは伝えない
人生百年時代の意味
「百歳まで生きられる」でなく「百歳まで死ねない」ことだろう
「ピンピンコロリ」を実践するには
若いときから健康増進に努めた人はなかなか死なず
ピンピンタラタラ、ヨロヨロヘトヘトになってしまう
達人の最期
作家富士正晴氏の場合
人気の死因一位はがん
突然死
~ 死後の準備ができない
老衰死
~それまでが大変
がんで死ぬことの効用
準備ができる
- 無理に治ろうとしないことも大切
がんとの共存
わたしの希望する死因
できるだけ希望をもたない
思い通りにならない
☆「宮本常一が見た日本」佐野眞一 NHK出版 ⑥ 2001年 【再掲載 2013.6】
<孤島のダイナミズム>
◇負債返済
島が共同負債のカタに取られ一時人手に渡った
「見島村落共同負債沿革小史」
萩に住む大岡に2万円余りで売り渡し10年賦で買い戻す計画
→ 津和野の堀(鉱山王)に3万5千円の借金
大岡へ返済
→ 堀への借金が雪だるま式に膨れあがる
明治32(1899)年
県の書記官 厚東毅一が救う
◎ 倹約を一人一人に力説し禁止項目を定めた
明治45(1912)年3月
島民の懸命な倹約生活により完済
27年間 総額12万7千円 (現在の52億円)
→ 借金返済記念歌 『協同一致の歌』
あくまで個人の負債が島民全体の共同負債になった
◇光と影
堀籐十郎
太っ腹の人物 = 見島島民の借金を快諾
<地域芸能への思い>
◇『あるくみるきく』
-「自然は寂しい。しかし人間の手を加えるとあたたかくなる。その
あたたかなものを求めて歩いてみよう」
昭和40(1965)年
日本教育テレビ『日本の詩情』日本観光文化研究所
「観光開発」 + 「地域振興」
昭和42(1967)年3月~昭和63(1988)年11月
『あるくみるきく』
今でも企画の宝庫
民族映像研究所・姫田忠義
◇猿回しの記録-村崎義正氏
山口県玖珂郡周東町『猿舞座』
村崎義正氏と弟の修二氏
「一緒に遊びましょ」式調教
昭和52(1977)年
宮本を知り、猿回し復活に半生をかけた
きっかけは昭和45(1970)年暮れの小沢昭一氏
猿の仕込み方に二つ
① たたき込み仕込み(スパルタ)
② 本仕込み(愛情)
日本民俗学が目をつぶってきたもの
①部落史 ②芸能史 ③女性史
→ 地域に人間を作ることが一番大切
復活のプログラム
姫田忠義『周防大島猿回しの記録』
昭和55年3月『周防猿回し緊急調査報告書』
毛利氏2カ国に封じられた
→ 農民に73%の重税
→ 慰撫等の一つとしての「差別制度」
周防一画に雑戸の集落が意図的に作られた
善根宿
- いろいろな人が泊まる
「上からの差別もあれば下空の差別もある」
明治解放令後も差別強化・国定化は門閥による
宮本の最晩年のテーマ「部落史」
-「半芸半学で行け」
村崎修二氏
「猿は美しいし、かわいいし、おかしいし、少し怖い。大切な
のはこの少し怖いということなんです。」
◇日本の芸能
① 猿
② 獅子
③ 木偶
「人間は伝承の森だ」
・ 学問は木だが人間は森だ。
・ 人間に向かって歩け、伝承者になれ
この記事へのコメント
nice!です!。
良いです! 「宮本常一」。昭和時代の民俗学の雰囲気が、まとめ
から良く感じられます。
若い頃から、よく考えていました。
死に様は生き様、
ともよく思います。
肉親に様々な事があるので
実感です。
私も理想は「ピンピンコロリ」です。
なんだか歳を重ねるごとに死に対する恐怖も薄れてきた気がします。
たしかに目が覚めることのない眠りですもんね。
最近は私も今後のことを考えるようになりました
自分の最後をどう迎えるか、大切なことだと思います。
来訪いただき、niceをありがとうございます。
昭和のころのよいところは評価されるべきだと思っています。
来訪いただき、niceをありがとうございます。
自分の命を考えることが次第に増えています。
悔いのないようにと思って過ごしています。
ついこの間と思っていることが、15年前というようなことが最近よくあります。あと15年すると、自分は?‥。これからの10年、一日一日を大事にしなければと考えています。
季節もだいぶ進み 師走感が日に日にせわしくなります。
体調崩されず暖かくお過ごしくださいね。^^☆彡
ピンピンコロリがと思っていましたが、準備なく突然というのも困るかもしれないと思うようになりました。少しずつ、身軽になっていこうと思っています。
残される側のことを考えると難しいところがあるかもしれないと考えるようになりました。
12月に入ったと思ったらもう後半なんだ、というような感じです。
年末の毎日を健康に過ごしていきたいですね。
親を長いこと世話して看取りましたが、自分の世話は出来てない。
死は身近な存在となりました。
どうなることやらです^^;
-「死は身近な存在となりました。」
還暦を過ぎてからわたしもそう感じております。