「アーティスト伝説」新田和長 新潮社 2024年 ① /「はじめて学ぶ日本児童文学史」鳥越信 ミネルヴァ書房 2001年 ⑥【再掲載 2016.10】
今日は1月1日木曜日、元日です。
本年もよろしくお付き合いをお願いします。
今回は、新田和長さんの、
「アーティスト伝説」1回目の紹介です。
出版社の案内には、
「忌野清志郎、加藤和彦、小田和正、加山雄三、財津和夫、森山
良子etc.『ニューミュージック』の真実がここに。
スターが歌う歌に価値があるのではない。良い歌を歌う人に価
値がついていくのだ―。開花前夜の才能たちと真正面から向き
合い、数々の名曲を世に送り出した伝説のプロデューサーが
『新しい音楽』の立役者たちを愛情豊かに綴る。活字の向こう
に狂気にも似た創作現場の興奮が立ち上り、天才たちの表情や
声をも感じる奇跡のクロニクル。」
とあります。
大変おもしろく読みました。
新田和長さんは「海は恋してる」で知られるフォークグループ
「ザ・リガニーズ」のメンバーで、その後、音楽デイレクターと
して活躍された方です。
高嶋ちさ子さんの父、高嶋弘之に憧れて東芝音楽工業に入社し
たとのこと、現在も高嶋音楽事務所の協力アーティストを務め
ています。
もう一つ再掲載になりますが、鳥越信さんの
「はじめて学ぶ日本児童文学史」⑥を載せます。
児童文学の流れを知ることができます。
時間がありましたら、
メインブログ「はぐくみ昇榮」、
サブブログ「新コラ脳トレ」
にもお立ち寄り願います。
☆「アーティスト伝説」新田和長 新潮社 2024年 ①

◇新田和長
1945年横浜市生
早大フォークソングクラブ「ザ・リガニーズ」リーダー
1968年東芝からレコード
翌1969年東芝音楽工業入社
新レーベル「エキスプレス」
1984年独立 ファンハウス
2001年 ドリームミュージック
◇プロローグ ザ・リガニーズ「海は恋してる」
芝中 → 芝高
1965.2 早大商学部合格
1968 ザ・リガニーズ「海は恋してる」
1968 ニッポン放送番組に出演
フォークルも一緒に
高嶋弘之「ウチに入れ」
レコーディングに問題点
<古い体質の邦楽と洋楽中心の新しい体質の混在>
→ 発売
キャピタルレーベルではなく新しいエクスプレスレー
ベルで
1 忌野清志郎の誕生 「宝くじは買わない」
1969.4 東京芝浦工業に入社 同期は十数名
3週間 レコードプレス工場
→ 本社文芸本部邦楽部邦楽第2課
高嶋弘之課長の部下
オーディションを計画
応募者の中にRCサクセション(3人組高校生)
8月26日
渋谷公会堂でカレッジポップコンサート企画
司会は北山修
出演
加藤和彦、はしだのりひことシューベルツ、
トワ・エ・モア、ロックキャンディーズ、
フォーセインツ、ザ・リガニーズ、
ノイズ・バング、ティンカーズ、リトル・マギー、
遠藤賢治 + RCサクセション
RCサクセションのリーダーは栗原清志
→ 東芝と専属契約
(高校生の新人バンドと新人ディレクター)
テスト版が出る頃栗原清志君から電話
「名前を変えてほしい 忌野清志郎(いまわのきよしろう)」
フォークル再結成の話
← シューベルツの杉田二郎が反対 「風」
☆「はじめて学ぶ日本児童文学史」鳥越信 ミネルヴァ書房 2001年 ⑥【再掲載 2016.10】

[出版社の案内]
明治維新から昭和期にかけての日本児童文学の歩みを最も初期
の時代(草創期)を起点に、科学読み物・知識読み物の歴史およ
びキリスト教児童文学の歴史、外国作品の歴史と幅 広い視点
から考察。
<15年戦争の時代>
◇時代思潮
1931(昭和6)年 満州事変 ~ 1945(昭和20)年 敗戦
1937年 侵略以後
児童文学 → 小国民文学
1938年 内務省「児童読み物改善に関する指導要綱」
芸術的児童文学の「復興現象」,戦争児童文学
良心のあかし
吉野源三郎『君たちはどう生きるか』
山本有三 『心に太陽を持て』
= 『日本小国民文庫』全16冊(1935)
ルポ
川崎大治 『村の保育所』
国分一太郎『戦地の子供』
◇言論統制と復興現象 戦中期の児童文学(前期)
戦中児童文学 昭和10年(1935~1945)代
1936年
<小国民文庫シリーズ>新潮社 1935~1937
山本有三『心に太陽を持て』
吉野源三郎『君たちはどう生きるか』
「児童読物改善ニ関スル指示要綱」の成立
1938.10.26 内務省警保局図書課
1941.12.23「日本小国民文化協会」
めざしたもの
小国民文化統制 佐伯郁郎中心
振り仮名廃止-眼鏡の多さ
→ 文部省推薦図書 第1回 1939年6月分
浄化運動 → 認証 → 思想統制 方向付け
「復興現象」について
権力の側による児童文学の「庇護現象」
◇「少国民文学」の時代
日中戦争から太平洋戦争へ
日本 1931~ 日中戦争 1937 シナ事変
米英による中国援助ルートを断つために
仏印(ベトナム)に進駐 ← 米国 日本への輸出禁止
択一
① 終戦 か
② 米英へ宣戦布告 か
出版状況
少ない資源を軍事優先
生産力低下 → 配給制度
日本出版文化協会の承認なければ用紙割り当てナシ!
「少国民」という呼称
1941.4 小学校 → 国民学校
天皇にすべてを捧げる国民の一員として鍛える
児童文化 - 少国民文化
児童文学 - 少国民文学
軍人伝と軍人養成 9軍神
現実生活群
少国民詩の戦意高揚
中国の子供,亜細亜地域群 - 日本の戦争肯定
全体像と戦争責任
◇抵抗の児童文学 銃後の女性像を中心に
出版統制の強化 出版機能の停止へ
壺井栄の二つの童話
1944年 『夕顔の言葉』『海のたましひ』文学抵抗
銃後の女性たち
強化される母性政策
産む性 多産報国思想
芸術的抵抗と作品の二重性
抵抗と迎合 『風と花びら』平塚竹二
「海のたましひ」
本年もよろしくお付き合いをお願いします。
今回は、新田和長さんの、
「アーティスト伝説」1回目の紹介です。
出版社の案内には、
「忌野清志郎、加藤和彦、小田和正、加山雄三、財津和夫、森山
良子etc.『ニューミュージック』の真実がここに。
スターが歌う歌に価値があるのではない。良い歌を歌う人に価
値がついていくのだ―。開花前夜の才能たちと真正面から向き
合い、数々の名曲を世に送り出した伝説のプロデューサーが
『新しい音楽』の立役者たちを愛情豊かに綴る。活字の向こう
に狂気にも似た創作現場の興奮が立ち上り、天才たちの表情や
声をも感じる奇跡のクロニクル。」
とあります。
大変おもしろく読みました。
新田和長さんは「海は恋してる」で知られるフォークグループ
「ザ・リガニーズ」のメンバーで、その後、音楽デイレクターと
して活躍された方です。
高嶋ちさ子さんの父、高嶋弘之に憧れて東芝音楽工業に入社し
たとのこと、現在も高嶋音楽事務所の協力アーティストを務め
ています。
もう一つ再掲載になりますが、鳥越信さんの
「はじめて学ぶ日本児童文学史」⑥を載せます。
児童文学の流れを知ることができます。
時間がありましたら、
メインブログ「はぐくみ昇榮」、
サブブログ「新コラ脳トレ」
にもお立ち寄り願います。
☆「アーティスト伝説」新田和長 新潮社 2024年 ①
◇新田和長
1945年横浜市生
早大フォークソングクラブ「ザ・リガニーズ」リーダー
1968年東芝からレコード
翌1969年東芝音楽工業入社
新レーベル「エキスプレス」
1984年独立 ファンハウス
2001年 ドリームミュージック
◇プロローグ ザ・リガニーズ「海は恋してる」
芝中 → 芝高
1965.2 早大商学部合格
1968 ザ・リガニーズ「海は恋してる」
1968 ニッポン放送番組に出演
フォークルも一緒に
高嶋弘之「ウチに入れ」
レコーディングに問題点
<古い体質の邦楽と洋楽中心の新しい体質の混在>
→ 発売
キャピタルレーベルではなく新しいエクスプレスレー
ベルで
1 忌野清志郎の誕生 「宝くじは買わない」
1969.4 東京芝浦工業に入社 同期は十数名
3週間 レコードプレス工場
→ 本社文芸本部邦楽部邦楽第2課
高嶋弘之課長の部下
オーディションを計画
応募者の中にRCサクセション(3人組高校生)
8月26日
渋谷公会堂でカレッジポップコンサート企画
司会は北山修
出演
加藤和彦、はしだのりひことシューベルツ、
トワ・エ・モア、ロックキャンディーズ、
フォーセインツ、ザ・リガニーズ、
ノイズ・バング、ティンカーズ、リトル・マギー、
遠藤賢治 + RCサクセション
RCサクセションのリーダーは栗原清志
→ 東芝と専属契約
(高校生の新人バンドと新人ディレクター)
テスト版が出る頃栗原清志君から電話
「名前を変えてほしい 忌野清志郎(いまわのきよしろう)」
フォークル再結成の話
← シューベルツの杉田二郎が反対 「風」
☆「はじめて学ぶ日本児童文学史」鳥越信 ミネルヴァ書房 2001年 ⑥【再掲載 2016.10】
[出版社の案内]
明治維新から昭和期にかけての日本児童文学の歩みを最も初期
の時代(草創期)を起点に、科学読み物・知識読み物の歴史およ
びキリスト教児童文学の歴史、外国作品の歴史と幅 広い視点
から考察。
<15年戦争の時代>
◇時代思潮
1931(昭和6)年 満州事変 ~ 1945(昭和20)年 敗戦
1937年 侵略以後
児童文学 → 小国民文学
1938年 内務省「児童読み物改善に関する指導要綱」
芸術的児童文学の「復興現象」,戦争児童文学
良心のあかし
吉野源三郎『君たちはどう生きるか』
山本有三 『心に太陽を持て』
= 『日本小国民文庫』全16冊(1935)
ルポ
川崎大治 『村の保育所』
国分一太郎『戦地の子供』
◇言論統制と復興現象 戦中期の児童文学(前期)
戦中児童文学 昭和10年(1935~1945)代
1936年
<小国民文庫シリーズ>新潮社 1935~1937
山本有三『心に太陽を持て』
吉野源三郎『君たちはどう生きるか』
「児童読物改善ニ関スル指示要綱」の成立
1938.10.26 内務省警保局図書課
1941.12.23「日本小国民文化協会」
めざしたもの
小国民文化統制 佐伯郁郎中心
振り仮名廃止-眼鏡の多さ
→ 文部省推薦図書 第1回 1939年6月分
浄化運動 → 認証 → 思想統制 方向付け
「復興現象」について
権力の側による児童文学の「庇護現象」
◇「少国民文学」の時代
日中戦争から太平洋戦争へ
日本 1931~ 日中戦争 1937 シナ事変
米英による中国援助ルートを断つために
仏印(ベトナム)に進駐 ← 米国 日本への輸出禁止
択一
① 終戦 か
② 米英へ宣戦布告 か
出版状況
少ない資源を軍事優先
生産力低下 → 配給制度
日本出版文化協会の承認なければ用紙割り当てナシ!
「少国民」という呼称
1941.4 小学校 → 国民学校
天皇にすべてを捧げる国民の一員として鍛える
児童文化 - 少国民文化
児童文学 - 少国民文学
軍人伝と軍人養成 9軍神
現実生活群
少国民詩の戦意高揚
中国の子供,亜細亜地域群 - 日本の戦争肯定
全体像と戦争責任
◇抵抗の児童文学 銃後の女性像を中心に
出版統制の強化 出版機能の停止へ
壺井栄の二つの童話
1944年 『夕顔の言葉』『海のたましひ』文学抵抗
銃後の女性たち
強化される母性政策
産む性 多産報国思想
芸術的抵抗と作品の二重性
抵抗と迎合 『風と花びら』平塚竹二
「海のたましひ」