「アーティスト伝説」新田和長 新潮社 2024年 ③(最終) / 深谷和子さんはこんなことを 前半【再掲載 2018.1】
今日は1月8日、木曜日です。
今回は、1月5日に続いて、新田和長さんの
「アーティスト伝説」の紹介3回目 最終です。
出版社の案内には、
「忌野清志郎、加藤和彦、小田和正、加山雄三、財津和夫、森山
良子etc.『ニューミュージック』の真実がここに。
スターが歌う歌に価値があるのではない。良い歌を歌う人に価
値がついていくのだ―。開花前夜の才能たちと真正面から向き
合い、数々の名曲を世に送り出した伝説のプロデューサーが
『新しい音楽』の立役者たちを愛情豊かに綴る。活字の向こう
に狂気にも似た創作現場の興奮が立ち上り、天才たちの表情や
声をも感じる奇跡のクロニクル。」
とあります。
今回紹介分より強く印象に残った言葉は‥
・「赤い鳥のデビューはタクシーから流れた『竹田の子守歌』か
ら」
わたしは赤い鳥の歌が好きです。
もう一つ再掲載になりますが、
「深谷和子さんはこんなことを(前半)」を載せます。
大変古い出展ですが、大切なものが記されているように感じま
す。
時間がありましたら、
メインブログ「はぐくみ昇榮」
サブブログ「新コラ脳トレ」
にもお立ち寄り願います。
☆「アーティスト伝説」新田和長 新潮社 2024年 ③(最終)

5 赤い鳥「竹田の子守歌」「翼をください」
1969秋
タクシーから流れた「竹田の子守歌」
第3回全日本ライトミュージックコンテストグラン
プリの決勝大会(TBSラジオから)
翌日、コンテスト主催ヤマハ音楽振興会を訪ねた
→ その日のうちに武庫之荘駅で、リーダー後藤悦次郎
氏を訪ねた
問題はマネジメント(プロダクション)
→ 数週間後、アルファミュージック社長村井邦彦氏が
赤い鳥のためマネジメント会社「バード・コーポレー
ション」設立の話を耳に
→ 日本コロンビアで赤い鳥がデビュー
半年後、街でばったり新田氏が村井氏と会った
「新田君、赤い鳥はなんで売れないんだろう」(村井)
← 「東芝に移籍してくれれば売れます」(新田)
「どうやって」
← 「竹田の子守歌を元の歌詞で録音し直します」
- 言霊だから
数週間後、東芝に移籍してくれた
東芝は赤い鳥のために「リバティー・レーベル兼務」
村井氏の条件 「チェロを加えたい」
レコーディング メンバーに馬蹄形に並んでもらった
ギター・山本 ウッドベース・大川 ボーカル・平山
ギター・後藤
後日チェロ 村井氏の代理 瀬尾一三氏
B面も必要
山上路夫氏に相談 奥様は作詞家の尾中美千絵さん
→ 赤い鳥のテーマソングをつくろう
鳥は空を飛ぶよね
→ 「ツバサをください」
1970.11.7 合歓の郷ポピュラーフェスティバル
フリーの作家にチャンス
山上路夫氏と村井邦彦氏
メンバーは世田谷で合宿生活のような日々
レコーディングの帰りに三軒茶屋の定食屋や
町中華に
シングルの後アルバムのレコーディング
タイトル「竹田の子守歌」 1971.7.25発売 大ヒット
→ 営業部から15万売れるアルバムを年末に発表する
ようにとの要請
→ スタジオライブ企画 村井邦彦氏の協力
6 ザ・フォーク・クルセダーズ 「帰ってきたヨッパライ」
1968.10.7 渋谷公会堂でフェアウェルコンサート東京公演 解散
<以下略>
☆深谷和子さんはこんなことを 前半【再掲載 2018.1】
※30年ほど前の読書メモからです

◇子どもが変わった
□おませな子ども
学校でアポイントメント
電話で確認
「今日遊べる?」
「 おじゃまします」 = ミニ大人
□学校とテレビ
= 親以上にグレートな親
親 → 学校 → テレビ (どんどん遠くのものに)
持ち時間の半分以上を新しい親の元で
昭和30年代 … 学校
昭和40年代 … テレビ
学校とテレビが子どもの育ちを大きく変えた
◇家庭という学校
□教育過剰の時代
3つの学校へ
①学校 + ②塾・お稽古ごと + ③家での勉強
人間形成は?
□家庭の中の人づくり
家庭の教育力
しつけよりも環境
□三つの教育力
①貧乏
貧しさの中で生涯にわたって通用する環境適応力
ⅰ 耐性
ⅱ 自立心を高める = やる気
ⅲ 家族の和
②大家族
多様で複雑な人間関係 ミニチュア社会
③暮らしの中で育った労働
人生は労働
○家庭は憩いの場?
→ 家庭は成長の場
◇自癒力を育てるために
□人と人との距離
オタク族 = 人間関係不得手
名前で呼べない
親しくなることで傷つけられる機会が増える
それを回避しようとする人々
□アダルトチルドレン
跡(トラウマ)
仲間の中で過ごす
= 自癒力を育てる
◇たくましい子どもを育てる
□たくましい人
・ 低い現状に適応してしまわずに、困難を排除して高いレ
ベルにはい上がろうとする
上昇志向を持つ人 高い目標を設定して努力
・ 不利な条件下にあってもくじけないこと,逆境に耐えて、
それを乗り越えていく力をも含んでいる
・ エネルギーを補充し続ける
□たくましさを生むもの
① 人が好き
柔らかいたくましさ
② 自分の可能性への信頼
親から寄せられた信頼
- そこから生み出された自己信頼
「人への信頼と愛情(友好)、他から支えられて生まれた自
己信頼」
= 2種類の逞しさ
○ 育ちにくい状況
= 親の「他人化」は子どもに自己信頼を失わせる
子どももまた自分を早くから客観視する
○ 課題
「どうしたら子どもの成長を感動のまなざしで見つ
めることができ、子どもの内的な力を信頼してや
ることができるか」
◇友情
□友情
= 特別な愛の感情 愛他性(自己犠牲 献身)
仲間との秘密
… 他人が知ることのできない体験を共有し合う仲間
〇 子どもが身を隠すことができなくなった時代
子ども独自の世界を持つことが許されなくなった
→ 連帯の相手は自分
〇 大事なことは
愛の感情「人間が好き,仲間が好き」
◇子どものウソ
① 自分に非があっても,真実を語れば相手から見捨てられ
ると思うとき
両者に信頼関係があればウソは必要なくなる
② 自分の主張が相手に分かってもらえそうもないと思うと
き
③ 皆の注目を集めるためのウソ
幼児性
④ 他人を誹謗するウソ
今回は、1月5日に続いて、新田和長さんの
「アーティスト伝説」の紹介3回目 最終です。
出版社の案内には、
「忌野清志郎、加藤和彦、小田和正、加山雄三、財津和夫、森山
良子etc.『ニューミュージック』の真実がここに。
スターが歌う歌に価値があるのではない。良い歌を歌う人に価
値がついていくのだ―。開花前夜の才能たちと真正面から向き
合い、数々の名曲を世に送り出した伝説のプロデューサーが
『新しい音楽』の立役者たちを愛情豊かに綴る。活字の向こう
に狂気にも似た創作現場の興奮が立ち上り、天才たちの表情や
声をも感じる奇跡のクロニクル。」
とあります。
今回紹介分より強く印象に残った言葉は‥
・「赤い鳥のデビューはタクシーから流れた『竹田の子守歌』か
ら」
わたしは赤い鳥の歌が好きです。
もう一つ再掲載になりますが、
「深谷和子さんはこんなことを(前半)」を載せます。
大変古い出展ですが、大切なものが記されているように感じま
す。
時間がありましたら、
メインブログ「はぐくみ昇榮」
サブブログ「新コラ脳トレ」
にもお立ち寄り願います。
☆「アーティスト伝説」新田和長 新潮社 2024年 ③(最終)
5 赤い鳥「竹田の子守歌」「翼をください」
1969秋
タクシーから流れた「竹田の子守歌」
第3回全日本ライトミュージックコンテストグラン
プリの決勝大会(TBSラジオから)
翌日、コンテスト主催ヤマハ音楽振興会を訪ねた
→ その日のうちに武庫之荘駅で、リーダー後藤悦次郎
氏を訪ねた
問題はマネジメント(プロダクション)
→ 数週間後、アルファミュージック社長村井邦彦氏が
赤い鳥のためマネジメント会社「バード・コーポレー
ション」設立の話を耳に
→ 日本コロンビアで赤い鳥がデビュー
半年後、街でばったり新田氏が村井氏と会った
「新田君、赤い鳥はなんで売れないんだろう」(村井)
← 「東芝に移籍してくれれば売れます」(新田)
「どうやって」
← 「竹田の子守歌を元の歌詞で録音し直します」
- 言霊だから
数週間後、東芝に移籍してくれた
東芝は赤い鳥のために「リバティー・レーベル兼務」
村井氏の条件 「チェロを加えたい」
レコーディング メンバーに馬蹄形に並んでもらった
ギター・山本 ウッドベース・大川 ボーカル・平山
ギター・後藤
後日チェロ 村井氏の代理 瀬尾一三氏
B面も必要
山上路夫氏に相談 奥様は作詞家の尾中美千絵さん
→ 赤い鳥のテーマソングをつくろう
鳥は空を飛ぶよね
→ 「ツバサをください」
1970.11.7 合歓の郷ポピュラーフェスティバル
フリーの作家にチャンス
山上路夫氏と村井邦彦氏
メンバーは世田谷で合宿生活のような日々
レコーディングの帰りに三軒茶屋の定食屋や
町中華に
シングルの後アルバムのレコーディング
タイトル「竹田の子守歌」 1971.7.25発売 大ヒット
→ 営業部から15万売れるアルバムを年末に発表する
ようにとの要請
→ スタジオライブ企画 村井邦彦氏の協力
6 ザ・フォーク・クルセダーズ 「帰ってきたヨッパライ」
1968.10.7 渋谷公会堂でフェアウェルコンサート東京公演 解散
<以下略>
☆深谷和子さんはこんなことを 前半【再掲載 2018.1】
※30年ほど前の読書メモからです
◇子どもが変わった
□おませな子ども
学校でアポイントメント
電話で確認
「今日遊べる?」
「 おじゃまします」 = ミニ大人
□学校とテレビ
= 親以上にグレートな親
親 → 学校 → テレビ (どんどん遠くのものに)
持ち時間の半分以上を新しい親の元で
昭和30年代 … 学校
昭和40年代 … テレビ
学校とテレビが子どもの育ちを大きく変えた
◇家庭という学校
□教育過剰の時代
3つの学校へ
①学校 + ②塾・お稽古ごと + ③家での勉強
人間形成は?
□家庭の中の人づくり
家庭の教育力
しつけよりも環境
□三つの教育力
①貧乏
貧しさの中で生涯にわたって通用する環境適応力
ⅰ 耐性
ⅱ 自立心を高める = やる気
ⅲ 家族の和
②大家族
多様で複雑な人間関係 ミニチュア社会
③暮らしの中で育った労働
人生は労働
○家庭は憩いの場?
→ 家庭は成長の場
◇自癒力を育てるために
□人と人との距離
オタク族 = 人間関係不得手
名前で呼べない
親しくなることで傷つけられる機会が増える
それを回避しようとする人々
□アダルトチルドレン
跡(トラウマ)
仲間の中で過ごす
= 自癒力を育てる
◇たくましい子どもを育てる
□たくましい人
・ 低い現状に適応してしまわずに、困難を排除して高いレ
ベルにはい上がろうとする
上昇志向を持つ人 高い目標を設定して努力
・ 不利な条件下にあってもくじけないこと,逆境に耐えて、
それを乗り越えていく力をも含んでいる
・ エネルギーを補充し続ける
□たくましさを生むもの
① 人が好き
柔らかいたくましさ
② 自分の可能性への信頼
親から寄せられた信頼
- そこから生み出された自己信頼
「人への信頼と愛情(友好)、他から支えられて生まれた自
己信頼」
= 2種類の逞しさ
○ 育ちにくい状況
= 親の「他人化」は子どもに自己信頼を失わせる
子どももまた自分を早くから客観視する
○ 課題
「どうしたら子どもの成長を感動のまなざしで見つ
めることができ、子どもの内的な力を信頼してや
ることができるか」
◇友情
□友情
= 特別な愛の感情 愛他性(自己犠牲 献身)
仲間との秘密
… 他人が知ることのできない体験を共有し合う仲間
〇 子どもが身を隠すことができなくなった時代
子ども独自の世界を持つことが許されなくなった
→ 連帯の相手は自分
〇 大事なことは
愛の感情「人間が好き,仲間が好き」
◇子どものウソ
① 自分に非があっても,真実を語れば相手から見捨てられ
ると思うとき
両者に信頼関係があればウソは必要なくなる
② 自分の主張が相手に分かってもらえそうもないと思うと
き
③ 皆の注目を集めるためのウソ
幼児性
④ 他人を誹謗するウソ