「角川日本地名大辞典 22 静岡県」で調べた浜松の地 /「宮本常一さん 教育について」⑮【再掲載 2017.9】
今日は1月11日、日曜日です。
今回は、「角川日本地名大辞典22 静岡県」で調べた浜松の地を
紹介します。
自分の覚えのための控えとしてメモしました。
もう一つ再掲載になりますが
「宮本常一さん 教育について」⑮を載せます。
時間がありましたら、
メインブログ「はぐくみ昇榮」
サブブログ「新コラ脳トレ」
にもお立ち寄り願います。
☆「角川日本地名大辞典 22 静岡県」で調べた浜松の地

◇委員
若林淳之,小和田哲男,杉山元衛
◇宮口
馬込川上流右岸
由来
①若倭神社の社前
②三宅郷集落 三宅口→宮口
遺跡
先土器~縄文 梔池遺跡
縄文中期 大屋敷遺跡
古墳時代 梔池古墳群,大屋敷古墳群,新屋古墳群,
吉名古窯群
鎌倉期 土取古窯群
条里制地名
町坪・池坪・一丁田・立丁
◇麁玉郡(あらたまぐん)
[古代] 荒玉
旧天竜川 - 麁玉川
今日の馬込川か旧河道の天竜川
「延喜式」
於呂神社・多賀神社・長谷神社・若倭神社
「和名抄」
三宅・碧田・覇田(多)・赤狭4郷
→ 三宅郷に郡衙? 大屋敷に?
[中世]不明
◇赤佐
赤左・赤座・赤狭とも書き,赤蛇とも言う
[古代]赤狭郷
「和名抄」遠江国麁玉郡4郷の一つ
阿加佐 安加左
[中世]赤佐郷 豊田郡の内
今川氏のもと大宝寺が安堵
◇根堅
縄文後期・晩期 北谷遺跡
古墳時代 泉古墳群・勝栗山古墳群・雲岩寺古墳群
鎌倉期 中谷遺跡
◇尾野
古墳時代 高根山古墳群
[中世]小野郷 遠江国豊田郡
◇浜北市
六所神社古墳
全長33m 小型前方後円墳 片袖横穴式石室
当地方と畿内古墳文化との交渉を示唆
宮口~根堅 一帯に150基の群集墳成立頃
古窯跡群
湖西市と共に県下有数
宮口18基(大屋敷4 新屋6 土取5ほか)
[古代] 麁玉群に式内社4つ 於呂神社 若倭神社
湖北路 引佐-宮口-於呂-道本・小林
[中世] 北条一族が守護 池田の渡し
鎌倉期の史料はほとんどない
[南北朝期]
南朝 井伊氏 井伊城(引佐町)千頭峯城(三ヶ日町)
大平城(浜北市)鴨江城(浜松市)
◇倉松(現浜松市内)
鞍松・蔵松
地名の由来
… 松の老樹に囲まれたところに郷蔵があった
[中世] 鞍松郷
室町期 浜松荘内-北野神社領
[近世] 蔵松郷 江戸期~明治22年
慶長6年 浜松領 元和5年から旗本・大沢氏領
正徳6年 下位彦兵衛・茂右衛門が芝地を開発
のち浜蔵新田・野分新田・沖新田・沖新新田
→ 蔵松新田
慶長3年 本田87石12町歩
新田208石150町歩
(下位家文書・浜松市史2)
☆「宮本常一さん 教育について」⑮【再掲載 2017.9】

◇宮本常一著作集4『「郷土の歴史(1)』
□考古学の目で
日本の科学
①自然科学
②文化科学
本居宣長「古事記伝」
35年かけて古事記を呼んだ
一般の民衆を調べてその中から古事記を読みとった
→ 勤皇思想運動
明治維新のスムーズな交代
優れた人たちが学問を政治の道具にしない,また,学者が
政治のために学問をやっていなかった
杉田玄白「解体新書」
オランダ文字
新井白石 → 青木昆陽
モース(米)
明治10年
動物学 大森貝塚の発見
スケッチ
「日本その日その日」東洋文庫
日本人の良さを見つけた
・男体山頂上がとてもきれい
・旅館で金庫がいらない
イサベラ・バード(英)明治10年
「日本奥地紀行」
横浜-東北-北海道
高田では三千人のうち千人が見物
障子につば
穴を開けた人がいた - しかも紳士が!
見には来ても危害を加えたり物をとったりしない
坪井正五郎
東京大教授
- 理学部に人類学科
習俗研究
- 考古学
西日本文化は朝鮮から
中日本文化は中国から
古い寺には床がない
… 仏教 朝鮮から
お宮には土間がない
… 高床 稲作
混血
おもしろい制度
釆女
国造が女を一人ずつ奉る制度
→ 年をとると子ども連れで国へ帰る
= 天皇の子どもが日本中へ散らばる
統一国家
人質を取ること 女をとれば特によい
- 古いものは私たちの体の中に生きている
□浜と潮と海人
海
泊
… 船を造るところ遠浅
潟
… 船を造るところ遠浅
港
… 波止場がなかった
底が平ら(千石船)舵が大きい
浜
- 塩浜
潮を焼かないところは灘
□荘園・地頭
名田
そういう名の人が切り開いた土地
御厨
皇室の領地
名田
自分の切り開いた土地であることを示すために寄進
→ 荘園
= 名前貸し 名前の貸料をとる
= 年貢
※ 日本国では,自分たちの身を守るために少しの年貢を上に
持っていけば安全というシステム
→ 政治の歴史は一代で終わるが民衆の歴史は長く生き続
ける
今回は、「角川日本地名大辞典22 静岡県」で調べた浜松の地を
紹介します。
自分の覚えのための控えとしてメモしました。
もう一つ再掲載になりますが
「宮本常一さん 教育について」⑮を載せます。
時間がありましたら、
メインブログ「はぐくみ昇榮」
サブブログ「新コラ脳トレ」
にもお立ち寄り願います。
☆「角川日本地名大辞典 22 静岡県」で調べた浜松の地
◇委員
若林淳之,小和田哲男,杉山元衛
◇宮口
馬込川上流右岸
由来
①若倭神社の社前
②三宅郷集落 三宅口→宮口
遺跡
先土器~縄文 梔池遺跡
縄文中期 大屋敷遺跡
古墳時代 梔池古墳群,大屋敷古墳群,新屋古墳群,
吉名古窯群
鎌倉期 土取古窯群
条里制地名
町坪・池坪・一丁田・立丁
◇麁玉郡(あらたまぐん)
[古代] 荒玉
旧天竜川 - 麁玉川
今日の馬込川か旧河道の天竜川
「延喜式」
於呂神社・多賀神社・長谷神社・若倭神社
「和名抄」
三宅・碧田・覇田(多)・赤狭4郷
→ 三宅郷に郡衙? 大屋敷に?
[中世]不明
◇赤佐
赤左・赤座・赤狭とも書き,赤蛇とも言う
[古代]赤狭郷
「和名抄」遠江国麁玉郡4郷の一つ
阿加佐 安加左
[中世]赤佐郷 豊田郡の内
今川氏のもと大宝寺が安堵
◇根堅
縄文後期・晩期 北谷遺跡
古墳時代 泉古墳群・勝栗山古墳群・雲岩寺古墳群
鎌倉期 中谷遺跡
◇尾野
古墳時代 高根山古墳群
[中世]小野郷 遠江国豊田郡
◇浜北市
六所神社古墳
全長33m 小型前方後円墳 片袖横穴式石室
当地方と畿内古墳文化との交渉を示唆
宮口~根堅 一帯に150基の群集墳成立頃
古窯跡群
湖西市と共に県下有数
宮口18基(大屋敷4 新屋6 土取5ほか)
[古代] 麁玉群に式内社4つ 於呂神社 若倭神社
湖北路 引佐-宮口-於呂-道本・小林
[中世] 北条一族が守護 池田の渡し
鎌倉期の史料はほとんどない
[南北朝期]
南朝 井伊氏 井伊城(引佐町)千頭峯城(三ヶ日町)
大平城(浜北市)鴨江城(浜松市)
◇倉松(現浜松市内)
鞍松・蔵松
地名の由来
… 松の老樹に囲まれたところに郷蔵があった
[中世] 鞍松郷
室町期 浜松荘内-北野神社領
[近世] 蔵松郷 江戸期~明治22年
慶長6年 浜松領 元和5年から旗本・大沢氏領
正徳6年 下位彦兵衛・茂右衛門が芝地を開発
のち浜蔵新田・野分新田・沖新田・沖新新田
→ 蔵松新田
慶長3年 本田87石12町歩
新田208石150町歩
(下位家文書・浜松市史2)
☆「宮本常一さん 教育について」⑮【再掲載 2017.9】
◇宮本常一著作集4『「郷土の歴史(1)』
□考古学の目で
日本の科学
①自然科学
②文化科学
本居宣長「古事記伝」
35年かけて古事記を呼んだ
一般の民衆を調べてその中から古事記を読みとった
→ 勤皇思想運動
明治維新のスムーズな交代
優れた人たちが学問を政治の道具にしない,また,学者が
政治のために学問をやっていなかった
杉田玄白「解体新書」
オランダ文字
新井白石 → 青木昆陽
モース(米)
明治10年
動物学 大森貝塚の発見
スケッチ
「日本その日その日」東洋文庫
日本人の良さを見つけた
・男体山頂上がとてもきれい
・旅館で金庫がいらない
イサベラ・バード(英)明治10年
「日本奥地紀行」
横浜-東北-北海道
高田では三千人のうち千人が見物
障子につば
穴を開けた人がいた - しかも紳士が!
見には来ても危害を加えたり物をとったりしない
坪井正五郎
東京大教授
- 理学部に人類学科
習俗研究
- 考古学
西日本文化は朝鮮から
中日本文化は中国から
古い寺には床がない
… 仏教 朝鮮から
お宮には土間がない
… 高床 稲作
混血
おもしろい制度
釆女
国造が女を一人ずつ奉る制度
→ 年をとると子ども連れで国へ帰る
= 天皇の子どもが日本中へ散らばる
統一国家
人質を取ること 女をとれば特によい
- 古いものは私たちの体の中に生きている
□浜と潮と海人
海
泊
… 船を造るところ遠浅
潟
… 船を造るところ遠浅
港
… 波止場がなかった
底が平ら(千石船)舵が大きい
浜
- 塩浜
潮を焼かないところは灘
□荘園・地頭
名田
そういう名の人が切り開いた土地
御厨
皇室の領地
名田
自分の切り開いた土地であることを示すために寄進
→ 荘園
= 名前貸し 名前の貸料をとる
= 年貢
※ 日本国では,自分たちの身を守るために少しの年貢を上に
持っていけば安全というシステム
→ 政治の歴史は一代で終わるが民衆の歴史は長く生き続
ける
この記事へのコメント
nice!です。
学問領域の広さが、このまとめで一目でわかり良いです!
「角川日本地名大事典・・」。ご通読お疲れ様です!
niceをありがとうございます。
niceと励ましの言葉をありがとうございます。
地名辞典は歴史を知ることもでき、時々図書館に行ったときに読んでいます。
コメントをありがとうございます。
地名辞典は、出版年にかかわらず楽しく読めますね。
来訪ありがとうございます。
わたしも関わっている仕事に必要な調べごとのための読書しかしていません。自由に本を読む時間をもちたい。
日本人の知性の高さに驚いたと聞いたことがあります。
特に識字率の高さは世界有数だったとか。
身分に関係のない寺子屋の存在が大きかったんでしょうね。
徳川幕府が築いた統治するシステムもよくできていたと思います。
それで、比較的スムーズに明治政府への移行ができたんでしょうね。
鏡開きが済んで ようやく正月ごとも終わり通常の生活に戻った感じです。
そしたら一気に疲れた感じで。^^;
体調を崩す前に ゆっくり休んでいる時間がとれたので 風邪もひかずに
済みました。
一年の一番寒い時期。ご自愛くださいませ!^^☆彡
当時日本についてよく書いた外国人が、もし今の日本を訪れたなら、どのように表すか不安です。
疲れた頃に急に冷たくなって、身体に応えます。
図書館に寄ったおり、気になる地名を調べるとその土地に愛着がわいてくるように思います。大きく重い本ですので、図書館で見るのをお勧めします。
このような時間がかかり、お金もかかり、販売も数は期待できそうもない辞典を出す出版社をありがたく感じます。
NICEです(^^)
NICEをありがとうございます。