「よくわかる離婚調停の本」神坪浩喜 同文館出版 2019年 ② /「時を超える-『おばさん、ありがとう』」下 河合敦 中日新聞2019.1.22(火)【再掲載 2019.2】
今日は2月13日、金曜日です。
今回は2月10日に続いて、神坪浩喜さんの
「よくわかる離婚調停の本」の紹介 2回目です。
出版社の案内には、
「離婚問題に直面し、悩みや不安を抱えている方に、少しでもそ
の悩みや不安を軽減してもらい、次の一歩を踏み出してもらう
ための一冊。調停離婚のちょっとした知識とコツを知ることで、
離婚問題の悩みや不安も、ずっと軽くすることができる。著者
が離婚相談でよく聞かれる質問に対して、具体例を織り交ぜな
がら、わかりやすく解説する。知らないために離婚できなかっ
たり、不利な条件で離婚してしまったり、取り決めるべきこと
を決めないまま離婚してしまうことがないように。本書では、
『相手に約束をしてもらう』『約束を守ってもらう』ために、
離婚調停を活用することを推奨し、調停前に準備しておくこと、
調停申し立てのやり方、離婚調停をうまく活用するコツについ
て、わかりやすく教える。」
とあります。
もう一つ再掲載になりますが、河合敦さんの
「時を超える-『おばさん、ありがとう』」下を載せます。
NHK総合テレビ「歴史探偵」での、河合敦さんの柔らかい表情が
浮かんできました。
時間がありましたら、
メインブログ「はぐくみ昇榮」
サブブログ「新コラ脳トレ」
にもお立ち寄り願います。
☆「よくわかる離婚調停の本」神坪浩喜 同文館出版 2019年 ②

2 離婚調停はどんなときに使うの? 使えるの?
もめていなくても使える!
もめてなくても離婚調停は使えます。「約束を守っても
らうため」に利用することができます。
~ 約束を調停調書の形で残しておくことで威力がある
(1)将来の養育費についても差し押さえができる
養育費については法律上の特別扱い
(2)給料の差し押さえの範囲が2分の1
普通は4分の1までだが、養育費については2分の1
まで
※ 口約束だけでは不十分
→ 調停に!
3 離婚調停の登場人物は?
調停委員、裁判官、裁判所書記官、場合により家裁調査官
(1)調停委員会
- 裁判官(あるいは家事調停官)+調停委員2名
①家事調停委員
一般市民の良識反映のため自薦、他薦
40歳以上70歳未満
書類や面接で審査
②裁判官、家事調停官
進め方や調停案の検討
→ 裁判官を交えて協議
同時に多くの調停事件を抱えているため、立会しな
いことが多い
家事調停官
… 5年以上の経験がある弁護士の中から最高裁
判所により任命される非常勤裁判官
裁判官と同じ権限をもつ
※ 合意すると裁判官が登場して、調停事項を読み上げ
調停の成立、確認
◎ 調停委員の背後には裁判官がいることを意識した方
がよい
(2)家庭裁判所調査官
子どもの親権や面会交流が争点になると予想される場合
人間関係学の専門的知識を有する
仕事
-「事実の調査」と「調停期日での立会」
→ 調査官の意見が重要
(3)裁判所書記官
家事事件の手続き案内、申立の受け付け、当事者からの
事情聴取
調停期日の呼び出し、調停経過の記録、調書の作成や交付
調停が成立したときや不成立の時に立ち会う
続行期間の調整も行う
4 協議離婚と調停離婚との違い
同じ
- 合意による成立
違い
- 家庭裁判所の調停を経て成立し、調停調書に記載
されたとき、成立調書で定められた約束は、守らな
かったときに強制執行ができる
(1) 協議離婚は離婚届だけで成立するが、調停離婚は家庭裁判
所での手続きを経て調停を成立させる必要がある。
(2) 協議離婚は夫婦間の話し合い。調停離婚は、調停委員会と
いう中立的な第三者が入って話し合いが行われる。
中立的第三者が間に入ることにより、公正性が担保される。
同席調停の他に別席調停もある。
(3) 調停の中で、養育費、面会交流、財産分与、慰謝料、年金
分割についても決めることができる。
養育費、面会交流等、書面に残したければ、別途「離婚協
議書」を作成する必要がある。
強制執行を可能にするには、「強制執行認諾文言付き公正証
書」の形で離婚協議書を作成しなければならない。
(4) 約束に違いがある。
調停調書で決めた約束には強い力がある。
(5) 戸籍の記載の仕方が違う。
戸籍に「調停離婚」と記載される。
(6) 離婚届の意味合いが違う。
調停調書があれば離婚届に相手の署名、押印は不要。
☆「時を超える-『おばさん、ありがとう』」下 河合敦 中日新聞2019.1.22(火)【再掲載 2019.2】

◇「彼が残してくれたもの 純粋な心は色あせない」
「おばさん、ありがとう!」と題してエッセーで「NTTふれあ
いトーク大賞」の優秀賞を受賞してから13年経ったある日、知
己の出版社にわたし宛の一通の手紙が届いた。
町田養護学校(現町田の丘学園)教員時代の教え子だった勇太(仮
名)の母親からで、勇太が亡くなったという報せだった。
まだ30歳になったばかりのことだった。
手紙には、葬式に参列された方のコラムが同封されていた。
そこには、こんな内容が記されていた。
< 葬儀の参列者に「おばさん、ありがとう!」という一文が配
られた。勇太が通っていた町田養護学校の河合敦先生が書いた
体験談で、小田原に遠足に行ったとき、生徒たちが食堂で冷た
い扱いを受けてギスギスした雰囲気になったのに、勇太が発し
た「ありがとう」の一言で、食堂の店員も河合先生も、その場
にいた皆が、とても和やかな気分になったというのである。
読んでみて感動した。「そうか、勇太君はそんなこともした
のか」と。そこに知的障害者たちの素晴らしさを見た。白木の
棺の横に大書してあった「ありがとう」の意味もよくわかった。
息を引き取る直前、何か言いたそうだっので、お母さんが
「ありがとう、なの?」と聞いたら、勇太は頷いたそうだ。
勇太は、心から「ありがとう」と言える若者だったのだ>
そのコラムを読んで、私の心は激しく揺さぶられた。
私の書いたエッセーが、ずっと勇太と勇太の家族の心の支えに
なっていたのだ。恥ずかしいことに、涙が止まらなくなってしま
ったのだ。
「NTTふれあいトーク大賞」の受賞からまもなく、歴史の研
究論文を「郷土史研究賞」(新人物往来社主催)に応募して、また
も優秀賞をいただいた。
その後、雑誌などに寄稿する機会が増え、それから6年後、日
本の歴史を俯瞰した『早わかり日本史』(日本実業出版社)を出版
することができた。
この本がベストセラーになり、私は教師をしながら次々と本を
出版するようになった。
歴史の教員として採用されながら、初任校で日本史を教えるこ
とができなかった無念さが、執筆や歴史研究に向かわせ、結果と
して、歴史作家の道に進ませることになった。
もし最初に養護学校に赴任していなかったら、勇太との出会い
もなく、高校の社会科の教員として定年まで過ごしていたことだ
ろう。
不思議な「縁」を感じざるを得ない。
私は、町田養護学校で教えた後も教壇に立ち続け、50歳の区
切りに教職を辞し、作家活動や研究活動に専念することになった。
その間、定時制高校、全日制普通高校、さらに全日制中高一貫
校へと異動し、そのたびに転居していた。
このため、勇太の家族は、私の居所を突き止めることができな
かったそうだ。そこで、思い切って出版社に手紙を送り、私と連
絡を取ろうとしたのだという。
勇太とは、卒業以来、ついに会うことはなかったが、本を出し
ていなければ、勇太のその後も亡くなったことも知らずにいたに
違いない。
拙いエッセーが、私が作家になる道を開き、13年の時を経て、
再び私と勇太、そして勇太の家族をつなぎ合わせてくれたのであ
る。
勇太の棺に書かれた言葉は、勇太を見守ってきてくれた人たち
への「ありがとう」の思いを込めたものだったろう。
だが、それは、私自身が、そして皆が勇太に贈る「ありがとう」
なのだ。
勇太の純粋な心は、どんなに時が経っても色あせることはない。
言葉の力は、本当に偉大だ。
これからも私は、人びとを勇気づけ、感動を与えることができ
る、そんな言葉を紡いでいきたいと思っている。勇太もそれを望
んでいるはずだ。
(かわい・あつし=歴史作家、多摩大客員教授)
今回は2月10日に続いて、神坪浩喜さんの
「よくわかる離婚調停の本」の紹介 2回目です。
出版社の案内には、
「離婚問題に直面し、悩みや不安を抱えている方に、少しでもそ
の悩みや不安を軽減してもらい、次の一歩を踏み出してもらう
ための一冊。調停離婚のちょっとした知識とコツを知ることで、
離婚問題の悩みや不安も、ずっと軽くすることができる。著者
が離婚相談でよく聞かれる質問に対して、具体例を織り交ぜな
がら、わかりやすく解説する。知らないために離婚できなかっ
たり、不利な条件で離婚してしまったり、取り決めるべきこと
を決めないまま離婚してしまうことがないように。本書では、
『相手に約束をしてもらう』『約束を守ってもらう』ために、
離婚調停を活用することを推奨し、調停前に準備しておくこと、
調停申し立てのやり方、離婚調停をうまく活用するコツについ
て、わかりやすく教える。」
とあります。
もう一つ再掲載になりますが、河合敦さんの
「時を超える-『おばさん、ありがとう』」下を載せます。
NHK総合テレビ「歴史探偵」での、河合敦さんの柔らかい表情が
浮かんできました。
時間がありましたら、
メインブログ「はぐくみ昇榮」
サブブログ「新コラ脳トレ」
にもお立ち寄り願います。
☆「よくわかる離婚調停の本」神坪浩喜 同文館出版 2019年 ②
2 離婚調停はどんなときに使うの? 使えるの?
もめていなくても使える!
もめてなくても離婚調停は使えます。「約束を守っても
らうため」に利用することができます。
~ 約束を調停調書の形で残しておくことで威力がある
(1)将来の養育費についても差し押さえができる
養育費については法律上の特別扱い
(2)給料の差し押さえの範囲が2分の1
普通は4分の1までだが、養育費については2分の1
まで
※ 口約束だけでは不十分
→ 調停に!
3 離婚調停の登場人物は?
調停委員、裁判官、裁判所書記官、場合により家裁調査官
(1)調停委員会
- 裁判官(あるいは家事調停官)+調停委員2名
①家事調停委員
一般市民の良識反映のため自薦、他薦
40歳以上70歳未満
書類や面接で審査
②裁判官、家事調停官
進め方や調停案の検討
→ 裁判官を交えて協議
同時に多くの調停事件を抱えているため、立会しな
いことが多い
家事調停官
… 5年以上の経験がある弁護士の中から最高裁
判所により任命される非常勤裁判官
裁判官と同じ権限をもつ
※ 合意すると裁判官が登場して、調停事項を読み上げ
調停の成立、確認
◎ 調停委員の背後には裁判官がいることを意識した方
がよい
(2)家庭裁判所調査官
子どもの親権や面会交流が争点になると予想される場合
人間関係学の専門的知識を有する
仕事
-「事実の調査」と「調停期日での立会」
→ 調査官の意見が重要
(3)裁判所書記官
家事事件の手続き案内、申立の受け付け、当事者からの
事情聴取
調停期日の呼び出し、調停経過の記録、調書の作成や交付
調停が成立したときや不成立の時に立ち会う
続行期間の調整も行う
4 協議離婚と調停離婚との違い
同じ
- 合意による成立
違い
- 家庭裁判所の調停を経て成立し、調停調書に記載
されたとき、成立調書で定められた約束は、守らな
かったときに強制執行ができる
(1) 協議離婚は離婚届だけで成立するが、調停離婚は家庭裁判
所での手続きを経て調停を成立させる必要がある。
(2) 協議離婚は夫婦間の話し合い。調停離婚は、調停委員会と
いう中立的な第三者が入って話し合いが行われる。
中立的第三者が間に入ることにより、公正性が担保される。
同席調停の他に別席調停もある。
(3) 調停の中で、養育費、面会交流、財産分与、慰謝料、年金
分割についても決めることができる。
養育費、面会交流等、書面に残したければ、別途「離婚協
議書」を作成する必要がある。
強制執行を可能にするには、「強制執行認諾文言付き公正証
書」の形で離婚協議書を作成しなければならない。
(4) 約束に違いがある。
調停調書で決めた約束には強い力がある。
(5) 戸籍の記載の仕方が違う。
戸籍に「調停離婚」と記載される。
(6) 離婚届の意味合いが違う。
調停調書があれば離婚届に相手の署名、押印は不要。
☆「時を超える-『おばさん、ありがとう』」下 河合敦 中日新聞2019.1.22(火)【再掲載 2019.2】
◇「彼が残してくれたもの 純粋な心は色あせない」
「おばさん、ありがとう!」と題してエッセーで「NTTふれあ
いトーク大賞」の優秀賞を受賞してから13年経ったある日、知
己の出版社にわたし宛の一通の手紙が届いた。
町田養護学校(現町田の丘学園)教員時代の教え子だった勇太(仮
名)の母親からで、勇太が亡くなったという報せだった。
まだ30歳になったばかりのことだった。
手紙には、葬式に参列された方のコラムが同封されていた。
そこには、こんな内容が記されていた。
< 葬儀の参列者に「おばさん、ありがとう!」という一文が配
られた。勇太が通っていた町田養護学校の河合敦先生が書いた
体験談で、小田原に遠足に行ったとき、生徒たちが食堂で冷た
い扱いを受けてギスギスした雰囲気になったのに、勇太が発し
た「ありがとう」の一言で、食堂の店員も河合先生も、その場
にいた皆が、とても和やかな気分になったというのである。
読んでみて感動した。「そうか、勇太君はそんなこともした
のか」と。そこに知的障害者たちの素晴らしさを見た。白木の
棺の横に大書してあった「ありがとう」の意味もよくわかった。
息を引き取る直前、何か言いたそうだっので、お母さんが
「ありがとう、なの?」と聞いたら、勇太は頷いたそうだ。
勇太は、心から「ありがとう」と言える若者だったのだ>
そのコラムを読んで、私の心は激しく揺さぶられた。
私の書いたエッセーが、ずっと勇太と勇太の家族の心の支えに
なっていたのだ。恥ずかしいことに、涙が止まらなくなってしま
ったのだ。
「NTTふれあいトーク大賞」の受賞からまもなく、歴史の研
究論文を「郷土史研究賞」(新人物往来社主催)に応募して、また
も優秀賞をいただいた。
その後、雑誌などに寄稿する機会が増え、それから6年後、日
本の歴史を俯瞰した『早わかり日本史』(日本実業出版社)を出版
することができた。
この本がベストセラーになり、私は教師をしながら次々と本を
出版するようになった。
歴史の教員として採用されながら、初任校で日本史を教えるこ
とができなかった無念さが、執筆や歴史研究に向かわせ、結果と
して、歴史作家の道に進ませることになった。
もし最初に養護学校に赴任していなかったら、勇太との出会い
もなく、高校の社会科の教員として定年まで過ごしていたことだ
ろう。
不思議な「縁」を感じざるを得ない。
私は、町田養護学校で教えた後も教壇に立ち続け、50歳の区
切りに教職を辞し、作家活動や研究活動に専念することになった。
その間、定時制高校、全日制普通高校、さらに全日制中高一貫
校へと異動し、そのたびに転居していた。
このため、勇太の家族は、私の居所を突き止めることができな
かったそうだ。そこで、思い切って出版社に手紙を送り、私と連
絡を取ろうとしたのだという。
勇太とは、卒業以来、ついに会うことはなかったが、本を出し
ていなければ、勇太のその後も亡くなったことも知らずにいたに
違いない。
拙いエッセーが、私が作家になる道を開き、13年の時を経て、
再び私と勇太、そして勇太の家族をつなぎ合わせてくれたのであ
る。
勇太の棺に書かれた言葉は、勇太を見守ってきてくれた人たち
への「ありがとう」の思いを込めたものだったろう。
だが、それは、私自身が、そして皆が勇太に贈る「ありがとう」
なのだ。
勇太の純粋な心は、どんなに時が経っても色あせることはない。
言葉の力は、本当に偉大だ。
これからも私は、人びとを勇気づけ、感動を与えることができ
る、そんな言葉を紡いでいきたいと思っている。勇太もそれを望
んでいるはずだ。
(かわい・あつし=歴史作家、多摩大客員教授)
この記事へのコメント
来訪ありがとうございます。
養育費である事が判り良いまとめです!
河合敦さんの本のまとめも、本の内容の生き生き感が、
良く出てます!
だから、わざわざ出版社と連絡をとったんでしょう。
障がいがあり、人生を全うできなかったですけど、残したものは大きいですね。
調べる必要がありよく借りるのですが、気を回してかすぐに表紙を裏にして渡してくれるのでかえっておかしな気になってしまいます。
河合さんの文章は大好きです。
河合敦さんの話し方、文章からは、養護学校(現在の特別支援学校)の教師だったという雰囲気が伝わってくるように感じます。
ありがとうの言葉を聞くとうれしいですね。