「みんなの学校から社会を変える」木村泰子・高山恵子 小学館新書 2019年 ① /「わたしの南無阿弥陀仏」ひろさちや 佼成出版社 2003年 ②【再掲載 2019.3】
今日は4月15日、水曜日です。
今回は、木村泰子さん、・高山恵子さんの
「みんなの学校から社会を変える」1回目の紹介です。
出版社の案内には、
「障害のある子もない子も、すべての子どもが同じ場で学び合い
育ち合う大阪の公立小学校の日常を追ったドキュメンタリー映
画『みんなの学校』。2015年2月に封切られてロングランヒッ
トし、文部科学省特別選定作品にも選ばれて、封切りから4年
以上経つ今も、全国各地で自主上映が続いています。
本書は、映画「みんなの学校」の舞台となった大阪市立大空小
学校の学校づくりに開校当初から関わった木村泰子初代校長と、
ADHDなど高機能発達障害がある人の支援と教育活動を長年行
ってきたえじそんくらぶ代表・高山恵子氏による対談本です。」
とあります。
もう一つ再掲載になりますが、ひろさちやさんの
「わたしの南無阿弥陀仏」②を載せます。
時間がありましたら、
メインブログ「はぐくみ昇榮」
サブブログ「新コラ脳トレ」
にもお立ち寄り願います。
☆「みんなの学校から社会を変える」木村泰子・高山恵子 小学館新書 2019年 ①

◇はじめに
米国「特別支援学級」
最終目標「インクルーシブな社会」の構築
→ 多様性を受け入れ、一緒に学び、生活することを可能に
する工夫
映画「みんなの学校」
大阪市立大空小学校 2012年度ドキュメンタリー
‘15封切りロングラン
教育理念:
「すべての子どもの学習権を保証する学校をつくる」
「みんながつくるみんなの学校」と同じ
2012年度 220人中特別支援対象児童30人
◇子どもを育てる土台を築く
子供が成長するための土台とは
子供が分かったつもりにならない
子供を信じて、ただ寄り添う
寄り添う気持ちがまず大事
安心して失敗できる環境をつくる
安心安全が第一
⑤自己実現欲求
④自己承認欲求
③所属愛情欲求 信頼関係 居場所
②安全欲求
① 生理的、身体的欲求 生活リズム
<マズローの欲求の階層>
思いどおならない子こそが学びのリーダー
子供の視点に立って考える
「子どもが分かるように話をする」
6つの視点
① 聞こえていない
② うっかり
③ わからない
④ わざと注目
⑤ 感覚過敏
⑦ 不安
子供が安心できる環境をつくるには
「自分の学校」という意識を育てる
子供は子ども同士の関係性の中で育つ
学校を子供の安全基地にする
安全基地になる人
大人が画一的な価値観を押し付けない
子供を主語にしてものごとを考える
米国 教師中心法と生徒中心法
大人が連携しながら子供を育てるために
多様な学びの機会をつくる
ボランティアにも遠慮なく言う 子供のため
大人も子供と共に学び続ける
安心して失敗できる環境をつくる
安心安全が第一
子の周りを育てればすべての子が育つ
大空小
開校は2007年「目の前にいる子どもを見て自分で考える」
☆「わたしの南無阿弥陀仏」ひろさちや 佼成出版社 2003年 ②【再掲載 2019.3】

◇念仏が念仏する
□思うがままにならないことが「苦」
思うがままにしようとしなければよい - 大乗仏教
苦しむときは苦しめばよい 死ぬときは死ねばよい
- 無苦集滅道 「般若心経」
「我」がすべての問題の源
□仏も我もなかりけり
一遍
我を離れようとした 念仏札
南無阿弥陀仏
~ 念仏が念仏を中す
「南無阿弥陀仏」の名誉そのものが往来するという「名号往生」
一遍 上根、中根、下根の念仏者がある
上根
- 家住 妻子もち 親鸞
中根
- 家住 妻子なし 法然
下根
- 家無 妻子なし
一遍は下根
= ただ捨ててこそ
◇分別しない
□「人間万事塞翁が馬」
人間何が幸福を招き何が災いするか分からない
楽や苦はコインの裏表
□物指しを捨てることが「南無」
自分の物差しで測ることが分別
- その知恵は分別知
「南無」
= 無分別でものを見ること
= あるがままにものを見ること 「如実知見」
浄土教
~ 無分別をあきらめる
= 仏さまにお任せ
何事もありがたいと受け止める
(例)大学に不合格
- いいかどうか分からない
相性の悪い者と会うかもしれない
物事には本来物指しはついていない
→ いいか悪いかの物指しを捨てることが南無
何もかも仏さまにお任せ
= 阿弥陀様の奴隷になってしまえばよい
□神の奴隷になったユダヤの民
本当の自由を得るために神の奴隷になったユダヤ人
ユダヤの民
パレスチナに住んでいたが飢饉のためエジプトに住む
エジプトの地で奴隷にされてしまう
「神の命ずるままに生きる 他の神は拝まない」と神と契約
→ モーゼに率いられてエジプト脱出
パレスチナの地に戻る
紀元前13世紀
神の奴隷になることにより人間の奴隷から解放された民の宗教
律法
= 神の奴隷
キリストが解放
自由とは「自分に由る」
しかし神から解放されて自由になると、自分の方が偉
いと思ってしまう
→ 7世紀 神の奴隷の再確認 イスラム教
今回は、木村泰子さん、・高山恵子さんの
「みんなの学校から社会を変える」1回目の紹介です。
出版社の案内には、
「障害のある子もない子も、すべての子どもが同じ場で学び合い
育ち合う大阪の公立小学校の日常を追ったドキュメンタリー映
画『みんなの学校』。2015年2月に封切られてロングランヒッ
トし、文部科学省特別選定作品にも選ばれて、封切りから4年
以上経つ今も、全国各地で自主上映が続いています。
本書は、映画「みんなの学校」の舞台となった大阪市立大空小
学校の学校づくりに開校当初から関わった木村泰子初代校長と、
ADHDなど高機能発達障害がある人の支援と教育活動を長年行
ってきたえじそんくらぶ代表・高山恵子氏による対談本です。」
とあります。
もう一つ再掲載になりますが、ひろさちやさんの
「わたしの南無阿弥陀仏」②を載せます。
時間がありましたら、
メインブログ「はぐくみ昇榮」
サブブログ「新コラ脳トレ」
にもお立ち寄り願います。
☆「みんなの学校から社会を変える」木村泰子・高山恵子 小学館新書 2019年 ①
◇はじめに
米国「特別支援学級」
最終目標「インクルーシブな社会」の構築
→ 多様性を受け入れ、一緒に学び、生活することを可能に
する工夫
映画「みんなの学校」
大阪市立大空小学校 2012年度ドキュメンタリー
‘15封切りロングラン
教育理念:
「すべての子どもの学習権を保証する学校をつくる」
「みんながつくるみんなの学校」と同じ
2012年度 220人中特別支援対象児童30人
◇子どもを育てる土台を築く
子供が成長するための土台とは
子供が分かったつもりにならない
子供を信じて、ただ寄り添う
寄り添う気持ちがまず大事
安心して失敗できる環境をつくる
安心安全が第一
⑤自己実現欲求
④自己承認欲求
③所属愛情欲求 信頼関係 居場所
②安全欲求
① 生理的、身体的欲求 生活リズム
<マズローの欲求の階層>
思いどおならない子こそが学びのリーダー
子供の視点に立って考える
「子どもが分かるように話をする」
6つの視点
① 聞こえていない
② うっかり
③ わからない
④ わざと注目
⑤ 感覚過敏
⑦ 不安
子供が安心できる環境をつくるには
「自分の学校」という意識を育てる
子供は子ども同士の関係性の中で育つ
学校を子供の安全基地にする
安全基地になる人
大人が画一的な価値観を押し付けない
子供を主語にしてものごとを考える
米国 教師中心法と生徒中心法
大人が連携しながら子供を育てるために
多様な学びの機会をつくる
ボランティアにも遠慮なく言う 子供のため
大人も子供と共に学び続ける
安心して失敗できる環境をつくる
安心安全が第一
子の周りを育てればすべての子が育つ
大空小
開校は2007年「目の前にいる子どもを見て自分で考える」
☆「わたしの南無阿弥陀仏」ひろさちや 佼成出版社 2003年 ②【再掲載 2019.3】
◇念仏が念仏する
□思うがままにならないことが「苦」
思うがままにしようとしなければよい - 大乗仏教
苦しむときは苦しめばよい 死ぬときは死ねばよい
- 無苦集滅道 「般若心経」
「我」がすべての問題の源
□仏も我もなかりけり
一遍
我を離れようとした 念仏札
南無阿弥陀仏
~ 念仏が念仏を中す
「南無阿弥陀仏」の名誉そのものが往来するという「名号往生」
一遍 上根、中根、下根の念仏者がある
上根
- 家住 妻子もち 親鸞
中根
- 家住 妻子なし 法然
下根
- 家無 妻子なし
一遍は下根
= ただ捨ててこそ
◇分別しない
□「人間万事塞翁が馬」
人間何が幸福を招き何が災いするか分からない
楽や苦はコインの裏表
□物指しを捨てることが「南無」
自分の物差しで測ることが分別
- その知恵は分別知
「南無」
= 無分別でものを見ること
= あるがままにものを見ること 「如実知見」
浄土教
~ 無分別をあきらめる
= 仏さまにお任せ
何事もありがたいと受け止める
(例)大学に不合格
- いいかどうか分からない
相性の悪い者と会うかもしれない
物事には本来物指しはついていない
→ いいか悪いかの物指しを捨てることが南無
何もかも仏さまにお任せ
= 阿弥陀様の奴隷になってしまえばよい
□神の奴隷になったユダヤの民
本当の自由を得るために神の奴隷になったユダヤ人
ユダヤの民
パレスチナに住んでいたが飢饉のためエジプトに住む
エジプトの地で奴隷にされてしまう
「神の命ずるままに生きる 他の神は拝まない」と神と契約
→ モーゼに率いられてエジプト脱出
パレスチナの地に戻る
紀元前13世紀
神の奴隷になることにより人間の奴隷から解放された民の宗教
律法
= 神の奴隷
キリストが解放
自由とは「自分に由る」
しかし神から解放されて自由になると、自分の方が偉
いと思ってしまう
→ 7世紀 神の奴隷の再確認 イスラム教